赤い花





「で、犬夜叉、お前は何と答えたのです?」
「何てって……」



いつものように村から村へと四魂の玉探しに移動を続ける犬夜叉一行。
弥勒と犬夜叉は、野の花を愛でながらゆっくり歩くおなご達より大分前を歩いていた。
「だから、お前はあいつにそう言われて、何と答えたのです?」
「だって、突然あんなコト言われたら…俺だって…」
「俺だって…何です?」
問い詰める弥勒の瞳がやや剣呑な光を帯びているのに、犬夜叉は気づいていない。



「そんな風に見られてるなんて思ってもみなかったし、それに、いきなり腰掴まれてぎゅって身を寄せられたら…」
「ふっ、それでお前まさか、そのまま何かされたんじゃぁないでしょうね?」
「ま、まさか、そんなわけ……」
この優柔不断二股男。
弥勒は手にしていた錫杖をスッと犬夜叉の足元に伸ばした。
ドテッ
顔から地面に突っ込むその格好はまるで、かごめのおすわりで。



(何しやがる弥勒!!)…と顔を上げて怒鳴ろうとした時。
遠くに砂塵が巻き起こったかと思うと、竜巻がもの凄い勢いで見る見る間に接近して来た。
ぎゅん、と止まった風の中から現れたのは、噂の男。
「よおっ、かごめ!!」
「鋼牙くん…」
「あれ?犬っころは…?」
かごめが指差したその先。
…例の如く、背中に足跡を付けられ、地にうつ伏せになっている犬夜叉が居た。



「犬っころ…お前ってホントに…」
どこか楽しげに微笑む鋼牙。
「かごめっ、ちょっと犬っころ借りてくぜ」
「え…?」
ぽかんと口を開けて見ているかごめを余所に、鋼牙はまだ目を回している犬夜叉の腕を掴む。
「じゃな、かごめ」
そう言うと犬夜叉を背負い、再び砂塵を巻き上げ、びゅんと走り去って行った。



「何なんだろう?」
「さあ…。あれ?法師様は?」
「弥勒なら、さっきの犬夜叉の髪にぶら下がって、おまけみたいにくっ付いて行ったぞ」
「ま、弥勒様が居れば喧嘩にはならないわね…」
「…おらは余計に心配じゃが…」
「え?何か言った?七宝ちゃん」
「い、いや、何でも…」









きらきら光る小川の辺で鋼牙は犬夜叉を下ろした。
「てめぇ、鋼牙!俺はお前のせいでな…」
「あ、ちょっと待ってろよ、犬っころ」
犬夜叉の苦情などさっぱり聞いていない鋼牙は、すぐ近くに咲いている少し大きめの赤い野の花を摘んだ。
「似合うぞ♪」
銀の髪に花を挿し、目を輝かせて犬夜叉に見入っている。
「あのなー」
犬夜叉は拳をぷるぷると震わせている。



「それより犬っころ、この前のコト、考えてくれたか?」
「はぁ…」
ため息以外に言葉が出ない。
「な、いいじゃねぇか。お前も俺も、四魂の玉を探してる、奈落を追っている。
 俺と組もうぜ。あんな人間共とつるんでるよりか、俺の方がイイだろ?
 だから、な?俺のモノになれ…」
「はぁぁ…」
ため息は益々大きくなる。



「それとも、お前まさか、他に好きな奴がいるとか言うんじゃねぇだろうな?」
内心どきりとして、犬夜叉は頬を僅かに赤く染める。
それにしても、「他に…」って、毎度毎度おめでたい奴だ。
「心配するな。絶対お前をシアワセにしてやる」
真剣な眼差しでそう言うと、犬夜叉の肩を掴み、スッと顔を寄せて来た…。
「なっ…」
鋼牙の男らしい顔を間近にして、思わずたじろぐ犬夜叉。
優しく微笑んだ唇が寄って来て…
硬直した犬夜叉は身動き取れずに…



やばい…と思った瞬間、じゃらり、と金属音が鳴った。
見れば、自分と鋼牙の間を錫杖が遮っていた。
「はい、そこまで」
「弥勒っ!」
犬夜叉の背後に隠れていた弥勒が顔を出す。
「何だ?法師…。俺は犬っころに用があるんだ。邪魔すると許さねぇぞ!」



「鋼牙、お前、犬夜叉のコトを好いているのですか?」
「ま、まあな…」
「どれくらい?」
「どれくらいって…そうだな、夜も眠れねぇくらいだ」
「ふっ、その程度で犬夜叉を手に入れられると思わないで頂きたいですな」
「何だと!!」



ずりずりっと、鋼牙と犬夜叉の間に割って入る弥勒。
「お前なんかより百倍くらい犬夜叉を愛している人間だって居るんですよ」
額がくっ付いてしまうほど顔を近づけ、真顔で鋼牙を睨みつけた。
「法師…」
「……?」
「お前も、よくよく見るとカワイイ顔してんだな」
鋼牙はいつの間にか弥勒の両手を握り締めている。
「……」



ピキッ。
それを傍で見ていた犬夜叉がキレた。
「俺の弥勒に手ぇ出すなっ!!!」



「俺の、弥勒…?」
言ってしまってから、ハッとするが、もう遅い。
「な、何だ?おめぇら、もしかして…既に出来上がっちゃってるわけ?」
犬夜叉の顔はお約束通り真っ赤っ赤。
その隣で弥勒が勝ち誇ったように言う。
「ふっ、悪いな、鋼牙。毎日毎日、朝から晩までずーーっと一緒に居るんだ。何もないわけが無いだろう?」
「そん、なっ…」
動揺を隠し切れない鋼牙に、弥勒の言葉が更に追い討ちをかけた。
「毎晩、結構大変なのですよ♪」
「くっ…くそっ」
悔しそうに歯軋りをしている。
「晩にやったばかりなのに、朝起きたらまた強請られたりしてぇ…今朝なんかも…」
「うぁーーーー!!!」
鋼牙は、嫌だー聞きたくねーとばかりに、ぶんぶん首を振るいながら、いつもより更に凄まじい速さで走り去って行った。
「……」



鋼牙が消えた方向を呆然と見つめる弥勒と犬夜叉。
突然静かになり、やや気まずい雰囲気が流れた。
「おぃ、弥勒…」
「何です?」
「てめぇ、よくもあんな嘘を…」
「嘘?」
「嘘じゃねぇかっ!俺とお前が…その…毎晩…どうたらこうたらって…」
弥勒はふふっと軽く笑って受け流した。
「あのくらい言わないと鋼牙はしつこく言い寄ってきますよ」
確かに、それは一理ある。



「…それに、あながち嘘でもないんじゃないですか?」
「あ?」
「知ってるんですよ。時々お前が寝言で、『弥勒…弥勒…』って私の名を呼んでいるのを…」
「なっ…」
弥勒はにやにやと意地悪な笑みを浮かべている。
「すごく、甘い声で…。夢の中で、私に何をされていたんですかな?」
「ち、違う!」
「違う?それじゃぁ、もっと何かすごいコトですか?…あんなコトとか…こんなコトとか…」



「だから、違うっつってんだろっ!!」
「……」
思いがけず本気で強く否定する犬夜叉に、さすがの弥勒も少し引けた。



「…お前が、風穴に、呑み込まれちまう夢を、見るんだ…」

「犬夜叉…」

「俺がちょっと目を離している隙に、お前が居なくなっていて、探して、探して…
 お前がどこか地の果てで、独り風穴に吸い込まれている気がして、
 それで、いつも、必至で、お前を探してるんだ…」

弥勒の顔が少しだけ歪んだように、見えた。



「すまん、悪いこと言った」
弥勒がぼそっと呟いた。
「……」
「じゃ、帰るか」
「あ、ああ」







『…既に出来上がっちゃってるわけ?』
弥勒の黒い法衣姿を見ながら歩く犬夜叉の胸には、鋼牙の一言がつかえていた。
俺と弥勒って、一体…。
ふと、以前、弥勒と交わした熱い口づけの記憶が蘇ってくる。
激しくて、優しくて。
思い出しただけで、胸が切なく高鳴る。
犬夜叉は少し迷った後、意を決して、前を歩く弥勒の腕を掴んだ。

確かめたくて。
弥勒の気持ちを、そして、自分の気持ちを。



「弥勒」
もう片方の手で弥勒の腰を回し、自分の方へ向かせると、素早く腕の中へと抱き取った。
弥勒は犬夜叉の腕の中でただ息を潜めている。
じっとそうしていると、小さな鼓動が伝わってきて…
犬夜叉は弥勒の唇に口づけた。
自分の舌を挿し込み、慣れない舌使いでたどたどしく…
弥勒のように巧くはないけれど、それでも自分の想いを込めて、優しく舌や歯を舐め回す。
そうして、ぎゅっと細い体を抱き締めると、胸が痛く、切なくなって…
溢れてくる唾液とともに、次第に激しく舌を絡め、執拗に弥勒の動きを欲しがった。
なのに。
何故?
弥勒は固く目を閉じたまま、反応してこない。
犬夜叉は耐え切れず、唇を離した。



「……」
やがて弥勒が目を開けた。
その瞳は常の通りで、怒ったり不機嫌だったりしているわけではなく…。
「弥勒…?」
少し、恐れながら弥勒の言葉を待つ。
すると、弥勒は犬夜叉を見て、ただにこりと微笑んで言った。
「鋼牙が言った通り、似合ってるな」
「?」
「それ」
「あ…」



そう言えば、飾られた花を、鋼牙の戯言のせいで、振り払うのも忘れていた。
「ったく、うざってぇ…」
振り払おうとした犬夜叉の腕を弥勒が阻む。
「いいじゃないか、そのままで」
そう言うと、弥勒は犬夜叉が払いかけた赤い花を髪に挿し戻してやった。
「……」
「帰るぞ」
たった一言、そう言うと、弥勒はくるりと犬夜叉に背を向けた。



「けっ。・・・・・・・・・・・・・・・・ばっかみてぇ」
今、一番解かりたくて、解からない人。
その背中に向けて、犬夜叉は小さく呟いた。
胸の鼓動は切なさを増して疼くばかり…









赤い花。
私にとっては、お前こそが、赤い花。
可憐で、どこか健気で。
そして、隠しても隠し切れない真っ直ぐな愛。
お前が愛しくて。
でも、解かっている。
お前は摘んではいけない花。
摘むことの叶わぬ花。
だけど…
それでも…
愛しすぎて、
愛しすぎて。
この想いに、いつまで耐えられるだろう。
お前が私に切ない口づけなどくれるから、余計に…
もう、限界だ。
お前を、摘みたい…











written by 遊丸@七変化

これまた一気に書き下ろした駄作。
犬夜叉の髪に赤い花が似合うかどうかという疑問はあえて無視。
しかし、弥勒様、溜まっているようです、色んなモノが(笑)。
犬も犬で、もっと大胆に求めればイイのに!
いっそ、犬からでも良いのだぞv。
リバOK。
でも、ここまで来たら後は時間の問題です。
愛し合ってしまう運命なのです。身も心もvv。

鋼牙クンは出来ればまた出演させたいです。
結構使えそうなので(笑)。