「犬夜叉ーーっ。犬夜叉ーーっ。何処なんだーー」

雲母に跨り、上空から叫ぶその声は既に掠れてほとんど意味を成していない。

一晩中、闇の中に目を凝らしていたせいで、目も腫れている。

それでも、弥勒は休もうとはしなかった。



犬夜叉が昨夕変化を起こし、一人姿を暗ましてから、既にかなりの時間が経過している。

朝日がすっかり昇り切って、大地に光が溢れても、弥勒の焦りは更に募るばかりだ。



頼む。無事で居てくれ…。



「法師殿、一旦村に引き返した方が良くはないですかな?もしかしたら、犬夜叉様は既に戻って居られるかもしれませぬ」

冥加爺の提案に、弥勒は唇を噛み、それも一理あると渋々引き返すことにした。



村近くまで飛んで行くと、弥勒はぱっと目を輝かせた。

「犬夜叉!!」

村の入り口に聳える一本の大木の幹に、犬夜叉が凭れている。



弥勒は雲母から飛び降りると、犬夜叉の傍まで駆け寄った。

「犬夜叉…」

犬夜叉は気を失っていたが、変化は既に解けていて、安らかな顔をしている。

一先ずほっと胸を撫で下ろすと、弥勒は冥加に頼んだ。

「皆が心配しています。冥加様は雲母に乗って、犬夜叉の無事を伝えに先に飛んで下さい」

「そうじゃな。分かった」



雲母の姿が空の彼方に消えると、弥勒は再び犬夜叉の名を呼んだ。

「犬夜叉、…犬夜叉」

長い眉が少し苦しそうに動いた後、犬夜叉が眩しそうに目を開ける。

「犬夜叉!」

弥勒は耐え兼ねて、思わず犬夜叉に抱きついた。

畜生、涙まで出てきやがる…。



「弥勒…?」

「馬鹿野郎。心配かけやがって…」

ぼそっと小さく呟く弥勒。

「弥勒?俺…」

「お前、覚えてないのか?鉄砕牙を妖怪に奪われて、変化して…」

「俺、それから一体…?」



もういいと言わんばかりの勢いで、弥勒は犬夜叉の体をぎゅっと強く抱き締めた。

と、犬夜叉の肩にきらっと銀色に光る一筋の髪の毛を見つけた。

犬夜叉のものではない。

犬夜叉のより、もっと長くて、真っ直ぐで…。

これは…。

よく見れば、衣服こそぼろぼろのままだが、血まみれだったはずの犬夜叉の顔も手足も、更に髪まで、綺麗に洗い流されている。



「犬夜叉、お前、本当に何も覚えていないのか?」

改めてそう聞かれ、ようやく思い当たったのか、嘘が苦手な澄んだ瞳は動揺の色をありありと浮かべた。

その余りにも正直な反応に、弥勒は苦笑する。



血に飢えた犬夜叉が本能のままに向かって行った相手は、俺じゃなくて…

失いかけた心を、犬夜叉に取り戻させてやったのは、俺じゃなくて…



……いや、良いじゃないか。

犬夜叉が無事に帰ってきたのだから、それだけで。



まだ戸惑っている犬夜叉に、弥勒は精一杯の笑顔を向けた。

「さあ、帰ろう、犬夜叉」

「あ、ああ…」

弥勒は負傷している犬夜叉の腕を自分の肩に回すと、その体を支えて立ち上がろうとした。

が。

「あっ…」

弥勒自身も思いもよらず、力が入らなくて、危うく二人して倒れそうになる。



「弥勒…お前、もしかして一晩中寝てないで…?」

「当たり前だろ。お前がどこで、何してるか、知らなかったんだから」



「……すまねぇ」

「謝るなよ。切ねぇだろ…」

「……弥勒」



弥勒は唇を尖らせて、犬夜叉を見つめた。

そして、その体を再び抱き寄せて囁く。

「犬夜叉。…もう二度と、お前をあんな目に遭わせたりしない。

 だから…だから、ずっと俺の傍に居ろ」



もう、離したくない。

苦しいくらいの想いが止めど無く溢れ出して、犬夜叉を強く強く抱き締めた。

自分には絶対に敵うことのない絆を、犬夜叉と誰かの間に感じながら。






written by 遊丸@七変化

うわぁ。
こんなトコに隠れ(?)ミロイヌ。
遊丸、やっぱ、ミロイヌを捨て切れんようです…。