「誰かにシャワーを覗かれているですって!?」

打ち明けた途端、直江は声を裏返らせながら怒鳴った。
そうなのだ。少し前から、高耶はシャワーの最中に視線を感じるようになった。
振り返ると、閉めたはずのドアが必ず少しだけ開いているのである。
そして、そのすぐ後に外で誰かがすばしっこく立ち去るような気配があるのだ。

「…一応言っておきますが…」

直江は真顔で高耶を見つめ返しながら言う。

「犯人は私ではありませんよ」

「わかっている」

高耶は呆れたように軽く鼻でため息をついた。

「お前だったら、覗くだけでは済まないだろうからな」

「高耶さん…」

自分の行動パターンを正確に読んでくる高耶に、直江は複雑な思いで苦笑いを浮かべる。

「しかし、あなたのシャワーを覗くなんて不届きな輩を放っておくわけにはいきませんね」

「でも、野郎の裸なんか見て面白がる奴がそうそういるとは思えないがな…」

「甘いッ!!」

ドンと直江が強く壁を叩いた。

「あなたがそんな隙だらけだから、隊士たちが増長するんですよ!」

「そ、そうか…?」

「そうですとも! あなたの裸を見ていいのは私だけです。他の何人たりともあなたの全裸を目に映すなんてことは、どんなことがあっても、金輪際、絶対に許してはならないんですっ。人のものを盗み見るような輩は、私がどんな手段を使ってでもとっ捕まえて天誅を下してやります!」

直江はわなわなと拳を震わせている。

「で、でも、一体誰がオレの裸なんか覗き見るって言うんだ?」

「あなたは本当に何もわかっちゃいないんですね。あなたのシャワーシーンを想像しただけで涎を垂れ流して××しまくる連中がこの赤鯨衆の中にはゴマンといるんですよっ」

「そんな馬鹿な…」

「馬鹿なと思うなら、よく考えてごらんなさい。いいですか、先ず真っ先に疑うべきは、兵頭隼人。十中八九はあの男に違いありません」

「兵頭がぁ?」

まさか、という顔をする高耶に、直江は鼻息荒くまくし立てる。

「あの男のあなたを見る目は尋常ではありません。大体、あなたに決闘を申し込んだのだって、証立てが目当てに決まってます。奴の最終目標はあなたの上をいくことなんかじゃない。あなたの上に股がることなんです。ああいう男は普段クールに構えていますが、その実むっつりスケベなんですよ。こそこそとシャワー中のあなたを覗き見て快感を覚えるタイプです。そういう男をあなたはのさばらせているんですよ。少しは身の危険を感じて下さい」

それはどこか過去の直江のようではないか、いやむしろ実際に手を出してこないだけ直江よりましだろう…と高耶は思ったが、突っ込む間も与えず直江は次のターゲットへと照準を絞る。

「犯人は既に決まったも同然…ですが、もしも兵頭でなかったとしたら…」

「なかったとしたら?」

「次に考えられるのは武藤潮…奴ならやりかねません」

「武藤ぉ?」

あいつがそんなことを…と思ったが、しかし潮には前科がある。

「あなたの水浴びシーンを撮ったのはあいつでしょう? ふっ、なかなかよく撮れていましたけどね…あの写真にはしっかり撮影者の下心まで写っていましたよ。しかし、見るからに薄暗い変態オーラを出しまくっている兵頭とは違って、彼は一見能天気でストレートに見えるでしょう? それが奴の作戦なんです。友達面で親しげに近づいておきながら、いつ狼に豹変してもおかしくはない。今頃、あなたのシャワーシーンのネガを抱えてひとり悦に入っているはずです」

高耶は片頬を引き攣らせた。潮にではない。そんな潮を見ようものなら激怒するより先に「一枚くれ」と言い出しそうな雰囲気の直江に、である。

「けど、あの時間は兵頭も武藤も補給作戦に参加していて留守だったはずだからなぁ…」

「なるほど。この二人でないとすると、あの男でしょうね」

「あの男?」

「中川掃部ですよ」

これにはさすがに高耶も「ない、ない」と手を振った。

「だからあなたは甘いと言うんですっ。私が知らないとでも思いましたか、高耶さん…」

高耶は一瞬ぎくりとして目を見開いた。まさかあの切り落とし未遂のことを言われたのではと疑ったが、中川が他言しているとも思えない。

「あなたはあの医師にどこか心を許しているフシがあるでしょう? 穏やかなあの人柄にどこか甘えてはいませんか? あなたという人はそういうタイプに最も弱い。だけど高耶さん、あなたは思い知らねばならないんです。そういう人間こそ最も危険だということを。白衣の医師で、優男で、敬語遣いときたら、本性は鬼畜に決まっているじゃないですか。医師の立場を利用して、あなたを裸にひん剥いてヒィヒィ言わせる時を虎視眈々と狙っているに違いありません」

滅茶苦茶な理論に高耶は唖然とするばかりだ。これでもし実は中川に陰部を見られたことがあると知られようものなら、彼を調伏してやると言い出しかねない。

「でもやっぱ、中川はそんな奴じゃないと思うけどな…」

「いいでしょう。では中川でもないとしても、まだ疑わしい人物はいます」

「誰だよ?」

「卯太郎です」

「卯太郎!?」

思わず声がひっくり返った。またとんでもないことを言い出したものだ。

「可愛らしく慕ってくる彼を、あなたは弟分みたいに思っているんでしょうけれども、あれは間違いなくマセガキです。ちょこまかとあなたの身の周りの世話を焼きながら、中学生のような幼稚な性欲を…」

「あーー! もう止めろ!!」

とうとう我慢の限界がきた。自分のことを心配してくれるのはわかるが、仲間の隊士たちをこんな風に疑うのは気分がよくない。
直江も少し言いすぎたと思ったのか、振り上げていた拳を下ろして口を噤んだ。

「すみません、言い過ぎましたね。でも、何れにしろ犯人は捕まえねばなりません」

直江の言うように不埒な動機でシャワールームを覗きに来たとはとても思えないが、隊内の不満分子が高耶の寝首をかこうと狙っている可能性もなきにしもあらずだ。
やはりここは罠でも張ってひっ捕らえるしかない…。





というわけで、脱衣場の死角に直江を隠れさせ、高耶はいつもの時間にシャワールームへと入っていった。
ドアが開けられると、天井から網が落ちてきて下にいる人物に降りかかるという仕掛けだ。古典的だが、これが一番手っ取り早い。

シャワーの栓を開き、熱い湯を頭から浴びていると、早速ドアの外に人の気配がした。
来たな…。
カチャリと小さな音を立ててドアが開く…。

かかった!

犯人を見ようと、高耶はバッと内側からドアを開けた。
だが、落ちた網の下でもがいている者は何と…直江ではないか。

「お前がかかってどうすんだよっ!!」

「すみません、高耶さん。いえ、その…確かリンスがもう残り少なかったと思い…最近、野戦続きであなたの髪が痛んでるのが気になって…」

「だー! もう、リンスはあるから! ちゃんと使えばいいんだろ! お前はそんなこと気にしてないでちゃんと守備位置守ってろ!」

網を元に戻し、新品のリンスを片手にすごすごと引き返していく直江を見送ってから、高耶は再びシャワーの栓を開く。
仕切り直しである。

隅々まで身体を洗い、シャンプーを丁寧に泡立て、直江に言われた通りたっぷりリンスを使う。
随分時間をかけて洗っていたつもりだが、敵はなかなか現れない。
もう今日は来ないのではないか…という気がしながらリンスを洗い流していた時である。

カタカタ…と微かな音が耳に届いた。聞こえるか聞こえないかくらいの音である。
何者かがドアを開けようと取っ手に手にかけているのがわかる。
そうだ。いつもこんな風に、足音もろくに立てぬまま忍び寄って来るのだ。

高耶は緊張しつつ、気づかぬ素振りでシャワーを浴び続ける。

やがて、カチャリ…と、小さな音を響かせてとうとうドアが開かれた。

やった!

「直江!」

捕らえろ、そう叫びながらドアを開け、そこに蹲るものを見た途端、高耶は思いもしなかったその姿に頭の中が真っ白になった。

「こ…小太郎?」

そうなのである。
網の下には大きな黒豹が一頭、手足をばたつかせてもがいている。
道理で高耶も気づかぬほど気配を消すのがうまかったわけだ。

「獣のくせに高耶さんのシャワーシーンを覗こうとするなんて生意気な…」

と、叱り飛ばそうとする直江を突き飛ばす勢いで、高耶がその手から網を奪った。
すぐさま小太郎の体から網を引き剥がしてやり、「ごめんな、小太郎っ」とすまなそうに謝る。

「た、高耶さん…?」

呆然と立ち尽くす直江を尻目に、高耶は両腕を広げて小太郎を抱きしめ、柔らかそうな背中を何度も優しく撫でた。

「お前もシャワー浴びたかったんだよな? そういうことだろ? でも誰にも言うことができないから、オレに気づいてもらおうとしていたんだよな? ごめんな、早く気づいてやれなくて…」

動物には滅法弱い高耶の本領発揮である。

「だから言っただろ、裸目当ての仕業なわけないって。そういう妙な下心を持ってるのはお前くらいのものだ!」

隊士たちをさんざんな言葉で罵った直江を高耶は怒っている。

「しかし、高耶さん。それは小太郎ですよ。一体何を思ってあなたの裸を覗き見ていたかわかったものではありません」

「何を言っているんだ。小太郎であっても今はただの豹だ。ものも言えない動物を悪く言うのは止めろ」

クッと悔しげに奥歯を噛み締める直江の視線の先で、黒豹の小太郎がベロベロと高耶の顔を舐め回している。

「さ、小太郎。一緒にシャワー浴びような。体洗ってやるぞ?」

「一緒にって…高耶さんっ!」

「お前はもう戻っていいぞ」

冷たい一言を残し、高耶は小太郎とじゃれ合うようにして楽しげにシャワールームへと消えていった。
ドアが閉まる寸前、黒豹のつぶらな瞳が勝ち誇ったように直江を見た気がするのは気のせいか。

廊下をとぼとぼ引き返しながら、次に換生する時は大きな黒犬になってやる!と密かに決意を固める直江だった。






最初、このイラストの高耶さんは目を開いていて、カメラ目線でこちらを見ていたんです。その様子がどうも「何見てんだよ」って言っているようで、そこからこの小話が生まれました。
しかし、「リンス」って…最近言わないですよね。コンディショナー? でも高耶さんには何となく「リンス」の方が合っているような気がして…。
高耶さんの肌を滑り落ちる白い水は…そうです、その通りです。不純な気持ちで描きましたとも(笑)。何かいけないものを描いているようでどきどきしちゃいました(特に顔とかティクビの辺りとか)。







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