どこか遠くから名前を呼ばれたような気がして、仰木高耶は立ち止まった。
今来た道を振り返るが、誰もいない。

アルプスの山々を抱えた見慣れた松本の空は鮮やかな橙色に染まり、家々の屋根の上を赤とんぼが群れを成してすいすいと飛んでいく。

…気のせいか。

そう思って再び歩き始めて間もなく。
今度は、確かに声を聞いた。
自分を呼ぶ声だ。

高耶はもう一度振り返る。
けれど、やはり誰もいない…。

確かに、聞こえたのだ。
でも、なんて呼び止められたのか、自分でもわからない。
仰木? 高耶? 仰木くん? お前? 君?

違う。そのどれでもない。
だけど、それは間違いなく自分を呼ぶ“声”だった。

いぶかしんで立ち尽くす高耶の脇を、公園帰りの小学生たちがバットやグローブを手に駆け抜けていく。
ワイワイと別れの挨拶を交わして子供たちがめいめいに路地へと散ってしまうと、辺りはしんと静まり返った。

秋の夕焼けはどうしてこんなに哀しげなのだろう。
感じた“声”の気配に引きとめられるようにして、高耶は刻一刻と赤みを増していく空を見つめた。

ふと、そのはるかな残照の中に、誰かの想いが滲んでいるような気がした。
暖かくて、力強い…ずっとそこに身を委ねてしまいたくなるような…。

目を閉じ、自分の胸の内を探ってみたが、それらしい人間の記憶は見つけられない。

この空の下で誰かがオレを呼んでいる?

おぼろげに感じ取ったのは、ただそれだけだ。
だが、高耶はすぐに思い直し、どこかほろ苦い笑みを口もとに浮かべた。

気のせいだろ。

夕陽に背を向けて歩き出そうとした高耶の身体を、その時、乾いた木枯らしが吹き抜けていった。

急に冷え込んできた。
寒さのせいで、何となく人恋しくなっただけかもしれない。
柄でもねえな、と高耶は自嘲するようにフンと軽く鼻を鳴らした。

明日の朝はコートを着ないといけないだろう。
高耶は肩で羽織った制服の上着の胸元を掻き合わせ、家路を急いだ。

寂しい道をひとり歩くその背を、暖かい色の残照が追いかける…。


その“声”の主と、高耶が運命的な再会を果たす、七ヶ月前の秋の夕暮のことだった。






直江電波(笑)をキャッチする高校一年生の高耶さんでした。
「景虎様景虎様景虎様…」と一心不乱に念仏のように(半ば無意識に?)思念波を飛ばす直江が目に浮かぶようです。
そして、「残照」と言えば、東大寺の二月堂ですね。ここは是非行ってみたい。ミラージュの舞台の中で最も行ってみたい場所かもしれません。「この空は、あなたをいとおしいと思う気持ちによく似ている」。永久の名言です。夕刻に直江と同じ場所に立って、高耶さんのことを想ってみたい。でもここは一人で行くべきかなぁ。きっと、いつか行きます!







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