ESCAPERS








重たい瞼を上げると、陰気なコンクリートの床が目に映った。
その向こうには、天井まで伸びる堅牢そうな鉄格子。
頭がまだ少しぼんやりしている。
どうやら睡眠薬を嗅がされたようだ。
直江は、意識を手放した時の状況を思い出し、ハッと反射的に身体を起こそうとした。

(高耶さん!)

じゃらりと足もとで鉄鎖が鈍く鳴っただけで、身を起こすことは叶わなかった。
両手首は後ろ手に手錠をかけられ、右足首には大きな鉄球の錘がつけられている。
仕方なく、身体を捩って反対側に首を向けると、そこに高耶の姿を見つけた。

「高耶さんっ」

高耶は隣の独房にいた。
こちら側とはやはり鉄格子で仕切られていて、傍に行くことはできない。
直江と同じように手足を拘束され、冷たいコンクリートの上に横たわっている。

「ようやくお目覚めか」

頭の方から声がかかり、顔を向けると、格子の向こう側に銃を手にした監視役と思しき兵士が二人。
獲物を眺めるような目つきでこちらを見下ろしている。
直江はぎろりと鋭く睨み返した。

「凄んだって無駄だ。この監房の中では憑依も解けなければ、力も使えない仕掛けになっている。」

換生者である直江と高耶にとっては憑依云々は関係ないが、力が使えないのは痛い。
見れば、天井四隅に見覚えのある深紅の縄が垂れ下がっていた。
先刻、罠にかかった時と同じだった。



山中での行軍の最中、伊達方の伏兵に遭い、突如戦闘状態に陥った。
押され気味になった味方の兵を庇い、しんがりを引き受けたのは高耶だった。
敵を充分に引きつけ、味方を逃がしてから、自分も退却するつもりだったらしい。
だが、直江が高耶の姿が見えないことに気づいて引き返した時には、既に遅かった。

高耶は伊達の兵に取り押さえられていた。
「来るな!」と高耶は叫んだ。
そう言われて、言われるままに引き返す直江ではない。
高耶を取り返すため、突進していった。
走りながら身体に力を溜め込み、それを敵兵に向けて放とうとした時…直江はしかし、愕然として立ち止まった。

力が、出せないのだ。
一体何が起こったのかといぶかしんで周囲を見回すと、そこらの木々に紅い縄がくくりつけられているのに気づいた。
何らかの呪法を行ったのか。
高耶もこのせいで敵に捕まったのだろう。

敵は銃を持っている。もちろん、直江も持っている。
だが、頭数は圧倒的に不利だ。護身壁も使えない。

額に汗が伝った。
高耶を見ると、下手に抵抗するなと目で訴えてくる。
身動きも取れないまま、自動小銃を構えた敵兵がじりじりと直江を取り囲む。

高耶を危険な目に遭わせたくない。
敵の手に落ちたら、力を奪われたまま拷問されるかもしれない。
何か打開策を…と、懸命に考えを巡らすが、思考は突然遮断させられた。
背後から薬を嗅がされたようだった。
高耶へと手を伸ばしながら、直江はその場に倒れ伏した。



「そんなに警戒しなくたって、取って食いやしねえよ。上からの命令だからな。傷つけずに本陣まで連行しろだとよ」

痩せた体格の監視兵が言った。
にやりと笑うと歯並びの悪さが丸出しになり、下卑た印象が嫌悪感を誘う。
どう見ても三下の兵士だ。

(力さえ使えれば、瞬殺ものなのだが)

(いや、せめて手足の枷さえなければ…)

悔しさに目を細めた時、隣の独房から微かな吐息が聞こえてきた。

「高耶…さん?」

高耶は力なく床に横たわっている。
しかし、どこか様子がおかしい。
焦点の合わない瞳は、とろんとして幾らか潤んでいる。

「高耶さんっ」

再度呼びかけたが、高耶は夢うつつといった状態で、反応がない。
焦った直江は肩で身を起こし、錘を引きずりながら隣房との間を隔てる鉄格子までにじり寄った。

「どうしたんですか、高耶さん。答えて下さい…高耶さん!」

額を鉄格子に擦りつけて見つめる直江の目の前で、高耶はどこか悩ましげに眉間に皺を寄せている。
そして、また震えるような吐息を漏らすと、悶えるように身を捩じらせ、喉を仰け反らせた。

「どうやら効いてきたようだな」

キッと振り向くと、さっきの痩せた男が薄汚い笑みを浮かべながら歩み寄ってきた。

「この人に何をした」

「こいつ、四万十方面の軍団長らしいな。散々俺たちを手こずらせた憎い仇ってわけだ」

答えたのは、脚を組んで椅子に腰掛けている兵士だ。
屈強な身体つきの男で、痩せた方の男より多少理知的に見える。

「俺たちとしては、本当ならすぐにでも血祭りに上げてやりたいくらいだ」

「でも、傷つけずに連行しろってんじゃ仕方ねえよな。だからよぉ、せめて楽しませてもらおうと思ってよ」

痩せた男は、ヘッと片頬を引きつらせるように笑い、高耶の独房の前にしゃがみ込んだ。
舐めるような視線を高耶の身に浴びせながら告げる。

「催淫剤を打ってやった」

聞いた途端、直江は凍りついた。
が、次の瞬間にはカッと頭に血が上った。

「貴様らっ…」

ガンと、鎖に繋がれていない方の足で鉄格子を思い切り蹴飛ばす。
突然響いた物騒な音に、しゃがんでいた男は思わずビクリと飛びのいたが、やがて直江がそれ以上何もできないことを確認すると、フンと憎らしげに鼻を鳴らし、再び高耶の姿態を観察し始めた。

「んっ」

高耶は呻きながら、右へ左へと身体を捩じらせている。
手足を拘束されたまま、薬で無理やり促され、相当辛いのだろう。
額にはうっすらと汗が滲んでいる。

「おい、見ろよ。こいつ、触ってもいねえのに、おっ勃ってきてるぜ? あれしきの薬で…随分お安い身体だな」

殺してやりたい、直江はそう思った。
汚い言葉で高耶を冒涜するこの下司な男を、殴り殺してやりたい。
だが、この状態では何もできない。
高耶の乱れ姿を、この下郎が思うさま観賞するのを、どうすることもできない。

「くっ、あぁっ…」

高耶がもう我慢できないというように、首を左右に振る。

「た…のむ。手錠…外してくれ」

熱っぽい瞳を男に向けて、半ばうわ言のように高耶は懇願する。

「もう、我慢…できない。気が…狂っちまう…」

虎の瞳が妖しく潤んでいる。
それは、睨んだ相手を射竦めて制するだけではない。
澄んだ瞳にひとたび情感を含ませ物憂げに見つめれば、誰もがその蠱惑的な魅力の前に跪かずにはいられなくなる。

高耶を食い入るように見つめていた男が、腰につけていた鍵束をじゃらりと鳴らした。

(まさか!)

高耶に何かする気ではないかと、直江が青ざめる。

「おい。本当に手錠を外すつもりか?」

椅子に腰かけ傍観していた兵士が咎めたが、高耶の壮絶な色気に当てられた男は「大丈夫だ」と言って聞かなかった。

「問題ねえよ。こいつ、すっかりイカレちまってる。軍団長サマの自慰行為を、とくと拝見させてもらおうじゃないか」

男は監房に入り、高耶の手錠を外すと、すぐにまた房から出て施錠した。

直江は、男が高耶に手をつけなかったことに心底ほっとした。
が、次の瞬間、安堵するには早かったことに気づく。

両手の自由を得た高耶が、すぐさま恥も外聞もなく下着ごとズボンを脱ぎ捨てたのだ。
それだけではない。
監視部屋の方へ向けて大きく股を開き、なりふり構わず屹立したそれへと右手を伸ばした。

「高耶さんっ!」

ぎょっとして、直江は悲鳴のような声を上げた。
しかし、薬で限界まで昂ぶっている高耶に、直江の声は届かない。
熱のこもった瞳を監視する男たちへと向け、高耶は一心不乱に自身を扱き始めた。

尋常ではない乱れようだった。
完全に気がふれてしまったようだ。

更に、扱くだけでは足りないのか、高耶は迷彩柄の上着のジッパーを引き下ろし、白いTシャツの裾をめくり上げた。
形のよいすべらかな腹筋が見えると、鉄格子に手をかけ、血走った目を向けていた男が、ごくりと喉を鳴らす。

欲情まみれの視線を向けられていることに気づいているのかいないのか、高耶は右手で竿を擦りながら左手で小さく尖った自分の乳首に触れた。

「ふっ、んっ…」

指先で捏ねくり回す度、ビクンビクンと腰が跳ね、切なげな吐息が緩んだ唇から零れ出す。
下手なAV女優よりよっぽど濃厚で淫靡なセルフセックスを人目に晒す高耶に、直江は気が遠くなる思いがした。

初めて逢った頃の高耶は、不良だったわりに性的なものには一様に拒否反応を示すくらいウブなところがあった。
なのに、今のこの淫蕩さは何だ。
一度肌と肌を重ね合わせ、肉欲というものの味を占めると、高耶の身体はさなぎが蝶に羽化するかのような鮮やかな変貌を遂げた。
その底なしの情欲は、麻薬中毒者のようでさえあった。
与えれば与えるほど、深く、激しく欲しがる。一層強烈な刺激を求めて乱れ狂う。

無論、それはそれで構わない。
淫蕩さも含め、何もかもを愛している。
むしろ、彼の乱れるさまに、ますます溺れていく直江だった。

けれど、彼の淫らさは第三者に見られるためにあるのではない。
こんな下司な男の慰みになっていいものではないのだ。

直江は血が滲むほどきつく唇を噛み締めた。
薬のせいとは言え、惜しげもなく乱れ姿を曝け出す高耶に、殺意さえ抱きそうになる。

(あなたは俺だけのものだ。あなた自身のものですらない。俺だけのものなのに)

「はっ、面白れぇ。俺らを竦み上がらせた辣腕軍団長サマはとんだ淫乱だったってわけか」

鼻息荒く、男が驚嘆の声を上げる。
今の高耶は何を言われても羞恥すら感じないらしい。

だが、考えてみれば、こうして独りで自慰を晒しているだけならまだましなのだ。
もし、この監視兵たちが高耶の身体に欲情して、自ら犯そうとしたら…。
そう思うだけで、直江は発狂しそうになる。
そして、次の瞬間、そんな直江の嫌な予感を増長させるようなことを、高耶はやってのけた。

「た…かや、さん…」

背筋がぞっと凍りついた。
高耶は乳首を弄っていた左手をゆっくりと腰へと滑らせ、僅かに浮かせたその下へ滑り込ませると、そこにある小さな窄まりの中へと指を突き立てた。
うねうねと蠢く幼虫のように、高耶の指が菊花の花芯へと潜り込んでいく。

「あっ、はぁっ…」

歓喜の声を上げる高耶に、二人の監視兵はもう言葉も出ない。
明らかにそこを突かれる悦びを知っている者の反応だ。

「もう、止めて。止めて下さい、高耶さん! お願いです、高耶さん…高耶さんっ!」

叫ばずにはいられなかった。
たとえその耳に届かなくても、自分が何をすることもできないとしても…。
ガンガンと音を立てて額を硬い鉄格子に打ちつけ、直江は狂った獣のように吼えた。

「何だ? おめえら、もしかして、デキてんのか?」

下卑た笑い交じりに問いかけてくる男を、直江は無視した。
やり場のない怒りに肩を震わせ、ただ絶望的な目で高耶を見つめる。

すると、不意にまた鍵束の音がして直江は振り向いた。
さっき高耶の独房へ入っていった男が、今度は直江の独房の鍵を開けて中に入ってきた。

(反撃を…)

隙をついて何らかの攻撃ができないかと素早く考えを巡らせる。

(左脚だけでも、不可能ではない)

しかし、この場にいる敵は二人。
もう一人の兵は、監視部屋からしっかり銃口をこちらへ向けている。

「おい。入れ」

男は高耶の独房との間を隔てる扉を開けると、直江に向こう側へ行くように命じた。

「……」

直江は用心深く男の顔を窺う。
何のつもりかわからないが、これは好転のチャンスかもしれない。
少なくとも、高耶の傍にいられれば、彼を守る術もあるだろう。

ずっしりとした錘を引きずりって、直江が高耶のいる監房に移ると、男は再び施錠して監視部屋へと戻った。
そうして、そこに立て掛けておいた銃を手に取ると、おもむろに銃口を直江へと向けた。
緊張して身を固くする直江に、男は命令する。

「やれ」

何を「やれ」と言ったのか、言わなくても直江にはすぐわかった。
男の濁った目は、これから目の前で行われるであろう淫行を期待して大きく見開かれている。

直江は怒りに肩を震わせた。

高耶とのセックスならわけもない。
こんな男に指図されるまでもなく彼は自分のものだし、第三者が想像する以上に濃密な行為を自分たちは幾度も重ねてきている。
本当なら、自ら進んで彼が自分のものであることを見せつけてやりたいくらいだ。

けれど、この状況だけは、どうにも許せない。
高耶との行為を他人の命令によって強制されるということが、直江のプライドを逆撫でするのだ。
こんな卑しい男の言うなりに高耶を抱くなど、身の毛もよだつ。
まるで間接的にこの男が高耶を抱くかのようにさえ思えて、ぞっとする。

黙って睨み据えていると、パパパパンと部屋いっぱいに大きな反響音が響いた。
焦れた男が威嚇射撃をしたのだ。
天井の一部が粉砕され、小さな破片と粉が直江の髪や肩に降り注ぐ。

「早くやれ!」

はらわたが煮えくり返りそうだったが、他に選択肢もない。
諦めて高耶の方へ振り向こうとした時…、そうするまでもなく直江は背後から強い力で引き寄せられた。

(高耶さんっ?)

いきなり身体を引っ張られ、両手の自由が利かぬままバランスを崩してコンクリートに腰を打ちつける寸前、力強い腕が直江の身体を支えた。
その腕に仰向けに転がされたかと思うと、上から高耶が猛烈な勢いで抱きついてきた。

驚いた声を上げる間もなく、高耶は直江の唇に自分の唇を押しつけてくる。
乱れた直江の髪に両手を突っ込んで、何度も角度を変えて唇を吸う。
自分から舌を忍ばせては、直江の舌を貪欲に強請る。
それはキスなどという上品なものではなく、飢えた獣が肉を貪り喰らう様に近かった。

本能を剥き出しにしてぶつかってくる高耶に、直江は苦しそうに眉根を寄せる。
あれだけ抵抗を感じていたはずのプライドが、脆くも崩れ去っていく…。
彼に求められて、応えぬわけはない。

(他になにができるというのだ。抗うことなど、できるわけがない)

直江は高耶の舌をきつく吸い上げた。
高耶は微かに身を震わせ、薄く開いた瞳の奥に恍惚の色を浮かべる。

(もういい…)

状況もきっかけも関係ない。
どんなに薄汚い視線を浴びていようが構わない。
この淫獣を嫌というほど感じさせてやる。貫いてやる。溢れさせてやる。

そう思って、高耶に覆い被さろうと身を起こしかけた時だった。
意外なほどの強さで、肩を抑えられた。

「直江」

耳もとに小さな声が落とされた。
情事の最中とも思えぬ冷静さを含んだその声に、直江は思わずハッとして高耶の顔を見る。

「できるだけ卑猥に、オレを抱け」

直江は目を見張った。
高耶は監視兵たちから死角になる方の耳へと囁くと、素早く目配せしてみせた。

「!」

驚愕の余り、直江は呼吸すら忘れてじっと高耶を見つめ返す。
正気なのだ、この人は。
淫らなあの息遣いも、前も後ろも弄ってみせた、ポルノ女優も真っ青なあの手淫も、すべて正気でやっていたのだ。

直江は、驚きを通り越して戦慄すら覚えた。
誰がどう見ても催淫剤に狂わされているとしか思えないあの乱れ様が芝居だったとは。

(何て怖ろしい人なんだ)

直江は舌を巻く思いがした。
だから、この人には敵わないのだ。
まるで魔物である。

(この人の中には魔物が潜んでいる…)

一瞬呆けてしまった直江は、見つめてくる虎の視線に我に返った。
二人の監視兵が欲情し、自ら高耶を犯そうとこの監房に入った時こそ反撃の時だ。
この中へ入って来れば奴らも力は使えないし、憑依も解けない。
直江はアイコンタクトだけでその意思に応える。

高耶はそれを確認すると、直江の腰のベルトに手をかけた。
素早く外すと、チャックを下ろし、自分と同じように錘の付いている右脚だけ残して下着ごと剥ぎ取る。
露わになった直江の一物を高耶は迷いなく口に含んだ。

「っ…」

滑らかに動く濡れた舌と唇に、直江の分身はたちまち充溢していく。
呼吸が乱れ始め、これが敵兵を罠に陥れるための演技だということも忘れてしまいそうになる。
それほど高耶の口淫は情熱的だった。

茎部を唇で数回扱くと、今度は雁だけをねっとりと吸い上げ、傘の縁から敏感な鈴口へと舌先を這わせる。
そしてまた喉の奥まで直江を全部呑み込むと、頬を窄めるようにして上下にきつく吸う。

その緩急、強弱のつけ方が自分が高耶にする時のやり方そのままだったので、直江は胸に妙な感動が沸き起こるのを抑えられなかった。
高耶はまるでそれを見抜いたように悪戯っぽく笑った…ように見えた。

(この手枷さえ無ければ)

高耶に触れたい欲求に駆られる。
少し伸びすぎたその前髪をかき上げたい。
まだどこか少年ぽさを残すその頬を手の平で包みたい…。

でも、今はそんな些細なことが叶わない。
ただ高耶にされるがままだ。
高耶はと言えば、それをどこか楽しんでいるようにすら見える。

口端からどちらのものともつかぬ体液を溢れさせ、高耶は時折ジュルッといういやらしい音を響かせた。
何もかも、鉄格子の向こうから見ている兵士たちを誘惑するための技巧だとわかってはいるが、誰よりもそそられているのは直江自身に違いなかった。

高耶の中を思うさま穿ちまくりたい衝動が雷のように直江の背筋を駆け巡る。
頃合いを察したように高耶が立ち上がった。
直江の顔に背を向けて身体を跨ぐように膝を着き、ゆっくりと腰を落としていく。

「オレを抱け」と言った割には、主導権を握っているのは高耶の方だ。
監視部屋からしっかり局部が見えるように両脚を大きく広げた。

「あぁっ…」

直江を呑み込んだ高耶が、上体を撓らせて甘い声を上げる。
手錠をかけられている直江は腹筋の力だけで腰を突き上げた。

「あっ、あっ、く、ああっ!」

直江のピストン運動に合わせて、高耶の嬌声がコンクリートの壁に反響する。

「はっ、あ……もっ、もっと!」

高耶は汗で濡れたTシャツを脱ぎ捨てると、自分の昂ぶりを扱き始める。

「くっ、うっ…」

鉄格子を掴んで舐めるような視線を向けてきていた男が、とうとう堪えきれなくなったのか、ジッパーを下ろし、自分のものを弄り出した。

(俺たちの結合を見るがいい)

ぎりぎりまで腰を引いては、一際高く、深く、高耶の奥を責めてみせる。
奴らからは、直江の雄を貪婪に咥え込む高耶の秘部が丸見えのはずだ。

(そこで指を咥えて見ているがいい)

そうして、後悔するのだ。この怖ろしい人に欲情したことを。

(この人を喘がせることができるのは、俺だけだ。この俺だけなのだ)

「な、おえっ…イッ、イ…クッ…」

高耶が限界を訴えると、直江は更に腰を大きく突き上げた。
肌と肌がぶつかる摩擦音が一層激しく響き渡る。
熱く蕩けそうな肉襞に、直江自身もそろそろ絶頂が近い。

「ハ、アァッ!」

高耶が背を仰け反らせて白い飛沫を迸らせると、直江も最後の一深で高耶の最奥に想いの丈を注ぎ込んだ。
全て吐き出してしまうと、高耶はしどけない格好のままコンクリートに身を投げた。

すると、間を置かず、ズボンから肉棒を露出させた監視兵が、目を血走らせながら監房の錠を外しにかかる。

「言っとくが、オレを犯りたいんなら、二人同時に来いよ」

気だるそうに寝そべりながら、高耶が半ば掠れた声を男たちに向けた。

「お前らなんかじゃ、一人ずつなんてとても相手にならない」

股間に一瞥をくれて涼しくのたまう高耶に、男はすぐさま「何だと」と気色ばむ。

「へっ、ご挨拶だな。いいだろう。淫乱軍団長サマがヒーヒー音を上げるところを見るのも悪くない。おい、おめえも来い」

「だめだ」ともう一人の監視兵は冷静に窘めた。

「一人ずつ交替だ。見張りがいなくてはまずい」

それでも犯る気はあるようだ。
高耶はにやりと笑って侮蔑の表情を作ってみせた。

「何だ、自信ねえのか。二人がかりでもオレをイカせられなかったら、言い訳できねえもんな。腐れチンポが」

これにはさすがに知性派らしい男も頭にきたようだ。
とうとう重たい腰を上げた。

「その生意気な口、塞いでやる」

高耶の挑発にまんまと乗った二人が鍵を開けて中に入ってくる。

直江は、果てた余韻に浸るようにだらりと横たわったままでいる。
…もちろん、ただの演技だ。

猛り狂った男が高耶に飛びついていく。

それを視界の端で捉えながら、直江は後から入ってきた男との距離を目算する…。

(3、2、1…)

直江の足もとを通り過ぎようとした男が、射程圏内に入った。

ぴたりと息が合うように、反撃は同時だった。
高耶はのしかかってきた男のみぞおちに拳を喰らわせ、直江はもう一人の男の足を左脚で巧妙に引っ掛け転ばすと、立ち上がりざまにその股間を足で踏みつけた。

激痛に悲鳴を上げながらのたうち回る男を尻目に、直江の足は高耶に襲いかかった男へと向いた。
高耶から会心の一撃を喰らった男は、口端に泡を浮かべて既に白目を剥いている。
それでも直江は容赦しなかった。
高耶に欲情したツケは払ってもらう。
直江はさっきの男と同様、いやそれ以上の力を込めてその股間を思いきり踏みにじった。

「直江! やめろ、直江! 憑坐を殺す気か!」

高耶が止めに入らなければ、男のものは二度と使い物にならなくなっていただろう。
肩を掴まれて、直江が我に返ると、高耶はいつの間にかもう一人をも気絶させ、奪った鍵束と手錠でその身を拘束していた。

高耶に手錠を外してもらうと、直江は自分で足枷を外し、それをそのまま白目を剥く男の手足に取りつけた。

さっきの深い快楽の余韻など微塵も感じられない機敏な動作で衣服を正すと、高耶は「行くぞ」とひと言、冷然と言い放った。

(少しはよろけてみせれば、まだ可愛げがあるものを)

去り際に監視兵が所有していた自動小銃に目を留めた高耶は、それを拾い上げ、一度構えてみて、その感触を手で確認しから勇ましく肩に担ぎ、スタスタと歩いていく。

「早くしろ、直江」

振り返らない凛々しい背中にそっとため息を投げかけ、直江は「御意」といつものように従った。








奪った四駆で敵陣を発ち、直江と高耶は山道を赤鯨衆の砦へと向かった。

「大丈夫ですか?」

運転しながらちらりと横を見ると、高耶は「何が?」と目線で尋ねてくる。

「打たれたんでしょう? 催淫剤」

「あ?…ああ。あれくらい、オレには効かねえよ」

高耶の内には強烈な毒がある。
鬼八の毒だ。
どうやら少々の薬物ではその毒には勝てないようだ。

「悪かったな。オレがぬかったせいで…」

今頃悪びれてみせる高耶に、直江は眉間を険しくした。

「謝るところはそこですか」

「…怒って、いるのか?」

「脱出するにはあの方法が最も効果的だったのは認めます。でももう二度とあんな真似はしないで下さい。たとえわざとでも、あなたが私以外の人間を誘惑しているのなんて、二度と見たくないんです」

思い出すだけで、腹の底が煮えくり返るような気持ちになり、直江は声を荒げた。

「私以外の人間にあなたが色目を遣うなんて…気が、狂う…絶対に、許せない…嫉妬に狂って、あなたさえ殺してしまうかもしれない…」

「直江…」

「あんなひどい乱れ姿、もう絶対に私以外の人間に――」

「お前だったらいいのか?」

「え?」

ハンドルを握る腕を、高耶の右手が不意に掴んだ。
高耶は焦点の合わない瞳を真っ直ぐ前に向けながら、何かを伝えようとするようにキュッと右手に力を込める。

「高耶さん…?」

「何だか、今になって効いてきたかもしれない…さっきの薬」

うわ言のようにぼそりと告げる高耶に、直江は慌ててブレーキを踏んだ。
路肩に車を停め、どこか苦しげな高耶の顔を覗き込む。
高耶は先刻と同じ、熱っぽい瞳で直江を見上げている。

「まさか、また“フリ”ではないでしょうね?」

「さあ、どうだろうな」

口もとに浮かんだ微かな笑みを、直江は注意深く検分した。
彼なりの強がりなのか、それとも男を喰らう魔性の笑みか。

景虎という人間は、強さと脆さが紙一重のところがある。
危うい一面を曝け出されると、手を差し伸べずにはいられなくなるが、余裕綽々とした人を食ったような態度を取られると、その仮面の下の泣きっ面を暴いてやりたくてたまらなくなる…。

しばらく見つめた後、直江はおもむろにポケットから携帯電話を取り出した。
何とか電波は入るようだ。
登録してある番号に発信する。

「橘だ。皆は無事か?…そうか。今、仰木隊長と一緒にいる。これから近辺の状況を少し偵察するつもりだ。帰りは明朝になる。そう伝えてくれ」

電話口で質問攻めに遭いそうになるところをブチリと一方的に通話を切り、ついでに電源もオフにした。

「おい、オレはそんなこと命じてな――」

それ以上の言葉を、直江はキスで奪った。
肉感的な唇を執拗にねぶってから、耳もとに低く宣告する。

「今夜は、覚悟して下さいよ?」

手ひどい快楽の予感に小さく身を震わせた高耶からそっと離れ、直江は慣れた手つきでサイドブレーキを解除した。

「どこに行く気だ?」

「街へ下りましょう。脱走劇の続きですよ」

言いながら、アクセルをゆっくりと踏み込む。

「たまにはすべてからエスケープするのも悪くないでしょう?」

高耶はもう何も言わない。
黙ったまま、またあの人を惑わす微笑を浮かべている。

(暴いてやる…そのほほ笑みの下を)

人前で、演技などで俺に跨った罰だ。
そんな余裕など欠片も残らないほど激しく揺さぶり尽くしてやる。
意識も存在もすべて溶かしてしまうほど熱いマグマをたっぷり注ぎ込んでやる…。

(何もかも忘れて…)

(今夜は、俺だけがあなたの世界のすべてになる…)

やがて車は大きなカーブを描きながら進路変更し、紅い西日に燃え立つような海へと向かって下っていった。












●あとがき●
以前から書いてみたかったんですよね、監禁モノ。その監禁モノに、「掌の上で男を転がす高耶さんと転がされる直江」をのっけてみました。高耶さん…怖ろしい人です。そして、問題の「腐れチンポ」発言(涙)。ウブな高耶さんもいいですが、こんな「魔性のオトコ」的高耶さんも好きなのです。

写真は鳶です。「高飛び」にかけてみました。なんつって。






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