Innocent Egoist








シャワーを浴びた後、ローブを羽織る前に、いつもの香水を纏った。

プラチナのように知的で、それでいてエキゾチックな森林を思わせるセクシーな香りは万人を魅了する。

窓辺に歩み寄り、まだ少し濡れている髪をタオルで拭きながら、ウォーターフロントの夜景を見下ろした。

(今夜の女はどんな風に悶えるのだろう…)

初めて寝る女だ。
一見、しとやかな印象なのだが、そういう女の方がかえってベッドでは淫らになる。

餓えた躯を満たすであろう温もりを思うと腰が疼いてしかたない。

そんな男の性に、ふと苦笑が漏れた。

…後ろめたい気持ちが、ないわけではない。

(いや、後ろめたさなど感じる必要はないのだ)

彼に触れることなど叶わないというのに。
彼に咎められる理由はないし、自分にはやましく思う資格すらない。

心の中で密かに開き直ろうとした時、電話が鳴った。
どういうタイミングか、相手はなんと彼だった。

「あ…もしかして、今かけちゃまずかった?」

数瞬の沈黙を訝しんだのか、遠慮がちに聞いてくる。昔から妙に勘の鋭い人なのだ。

「いえ、そんなことはないですよ」

ここで拒絶できたなら、四百年もこの想いを引きずることなどなかっただろう。

「何…してたんだよ」

「これから寝るところです」

嘘は、ついていない。

ふーん、と言ったきり彼は黙った。
自分からかけてきたくせに、何事か逡巡しているようだった。

先を急かすことなく、電話越しに深夜の静寂を共有する。

「なあ、おまえから借りてたハンカチ、香水臭えぞ?」

口を開いたかと思えば、そんなどうでもいいことだ。

「前に、誤って零してしまったのを拭いたことがあるので、そのせいでしょう」

「返そうと思って洗ったのに、匂いが全然取れない」

「別に、構いませんよ」

そっか? と言ってまた黙る。

しばらくしてから、ぼそりと小さな声が耳に届いた。

「…おまえの匂いがする」

電話口から深呼吸する気配が伝わってくる。

目を閉じて、見えない彼のそのしぐさを想像してみる。

もし今、手の届くところに彼がいたなら、自制心は儚い泡沫のごとく弾け飛んでいたに違いない。

「あのさ、オレ――」

彼が何事か告げようとした刹那、唐突にインターホンが鳴り響いた。
画面には一階の玄関に佇む少し着飾った姿の女が映っている。

「誰か来たのか?」

呼び出し音が鳴り続ける。

そこにいる生身の女。
電話越しの彼。

抱かれるのを待つ女と手の届かない彼…。

「いいえ。テレビの音ですよ」

そう答えて、インターホンの線をぶちりと引っこ抜いた。

「そっか」

夜は再び静寂を取り戻す。

「それより、何か言おうとしていませんでしたか?」

「あ? ああ、別にいいんだ。大体、何の用で電話したのか忘れちまったじゃねえか」

なぜか少し怒ったように言う彼を、うそつき…と胸の内で詰ってやる。
最初から用事などなかったくせに。

「じゃあ、もう寝ろよ」

「ええ。あなたも…。急に冷えてきましたので、ちゃんと布団をかけて寝て下さいね。ただでさえ寝相が悪いんですから」

「うるせえな。また子供扱いしやがって」

軽口の後、ささやかな笑い声を交し合ってから電話を切った。

まるで人の逢瀬を阻むためにかけてきたようなものだ。

テーブルの上に置いてあった煙草に手を伸ばして、火を点ける。
深く吸い込んだ煙を、ため息とともにゆっくりと吐き出す。

今すぐ追いかければまだ間に合うだろう。
しかし、どういうわけか足は玄関へとは向かないのだった。

(完全に興を削がれた)

今夜は女を抱く気には、もうなれない。
だが、それもいい。

遠く離れた場所で、彼と同じ香りを分かち合いながら眠りにつこう。

触れることなど許さないくせに、無意識のうちに人を支配するわがままなエゴイスト。

汚れなき彼を屈服させる様でも夢見ながら――。











●あとがき●
高耶さん、ナイスタイミング(笑)。
今回、自分の写真の下手さに辟易しながら撮影しました。なんかこう、もう少し撮りようがないのかと…。
エゴイスト・プラチナムはいい香りですね。直江贔屓なしにしても、結構好きです。






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