シークレット・デザート  





「いらっしゃいませー」

あまりやる気のなさそうな店員の声がかかった。
寂れた海岸道路沿いにようやく見つけたコンビニである。
午前0時を過ぎて店内には他に客もなく、一人しかいない店員はこちらを振り向きもせずスナック菓子の品出しをしている。

「すみません、高耶さん。こんなとこしかなくて」

店員が耳にしたら気分を害するであろうことを平然と言って、直江は先を歩く高耶を追いかける。

「あーいいって。別に。たまにはこういうのもいいじゃん?」

怨将の動向を探るべく、高耶を駆り出した直江である。

地方に来たら地場の美味しいものを食べるのが、高耶にとっては調伏旅行の唯一の楽しみであろうし、直江にしてもそんな高耶のあどけない表情を見るのがひと時の幸福だった。

しかし、今夜は思いもかけぬ事態となった。
闇戦国とは関わりなかったが、悪質な地縛霊に翻弄され、バトルの果てに簡潔に事後処理までして、気づいてみればこの時間である。

当然、料理屋の予約はパーだ。
ファミレスでもいいから食事のできるところを…と思い、車を走らせてみたが、見事なまでに店がない。
空腹を訴える高耶に、直江はコンビニ弁当という最悪の選択を言い渡すしかなかった。

ところが、高耶は意外と機嫌がいいらしい。
こういう店に浸りなれているのか、至極自然な足取りで店内を闊歩する高耶に、直江はホッと胸を撫で下ろす。
高耶は初めて入る店で、まごつくことなく真っ直ぐお弁当コーナーへと足を運んだ。

「案外、少ないんですね」

棚に残っているのは、サンドイッチと惣菜パンが数種類に、おにぎりが五、六個、のり弁当等のどう見ても作り手の気合が感じられない質素な弁当が三種類ほど、それにサラダくらいのものだった。

「深夜だし、こんなもんだろ。…あ、オレ、これにしよっと」

高耶が手を伸ばしたのは、ナポリタンとオムライスが半分ずつ盛られたプレートだ。
子供が喜びそうな色合いである。

「ナポリタンって何か好きなんだよ、オレ。つけあわせで付いてくるあの不味くて伸びきった麺なんかもう最高だよな」

「不味いのに最高なんですか?」

苦笑している直江を、高耶はぎろりと睨む。

「お前って、本当そういう庶民の感覚わかんねーのな。コンビニとかもあんま入ったことないだろ?」

図星を指されてぎくりとした。
元は北条家の御曹司だった人間の言葉とはとても思えないが、観察眼の鋭さはやはり景虎らしい。

「ええ。実はほとんど入ったことないです。食事は大抵ホテルとかレストランで済ませますし、買い物なら専門店かデパートの方が品物がいいですからね」

「嫌味な奴。…いいから、カゴ持って来いよ、カゴ!」

「え? ああ…はい」

臣下らしく指示通りカゴを持って来ると、高耶はナポリタンの他におにぎり数個とやきそばパンをばらばらと無造作に突っ込んだ。

「炭水化物ばっかりじゃないですか」

直江は慌ててサラダもカゴに入れる。

「レジでから揚げ買ってくれ」

そう言い残すと、高耶はさっさと雑誌コーナーへと行ってしまった。

残された直江が苦渋の選択で手にしたのは幕の内弁当だ。
おかずが辛うじてまともそうである。
しかし、まだビタミンが足りないだろうと思い、飲料コーナーで紙パックの野菜ジュースを二つ取った。

店内をもの珍しげに一周してから、雑誌コーナーで漫画雑誌を手にしている高耶の隣に立つ。

「立ち読みなんかしていないで、読みたいなら買ってあげますよ?」

「マジ? ラッキー」

無邪気に喜ぶ高耶に微笑む直江だったが、その時彼が漫画雑誌の上にひょいと素早く乗せたものを見て、一気に表情が引き攣った。

「高耶さん…」

「買ってくれるんだろ?」

そう言って直江へと突き出したのは、女の肌色が眩しいアダルト雑誌だ。
アオリ文からかなり激しい内容だと察せられる。
高耶は悪びれもせず涼しい流し目を残してスタスタ歩いて行ってしまった。

これは自分への嫌がらせだろうか…などと邪推しながらレジへ向かうと、高耶がレジ横のデザートコーナーで立ち止まっている。

「デザート、食べるんですか?」

「あ? ああ…いや、オレあんまこういうの食べないんだけど。今日は何か…疲れてんのかな。ちょっと甘いものを食べたい気がする」

無理もない。
ここ数日色んな場所を連れ回し、今日の仕事は時間もかかりハードだった。

「たまに甘いものも食べるんなら、今度東京の有名店のケーキを買ってきてあげますよ」

高耶は口もとに気さくな笑みを浮かべ、「これで充分」と言うと、ゼリーをひとつ手に取った。
カゴに入れられたそれを見てみると、「ナタデココ・ヨーグルトデザート」とある。
こういうのが好みなのか…と心の中の高耶さんメモにそっと書き足すと、直江は自分の分もひとつカゴに入れ、レジへと向かった。





高耶の食べっぷりは何度見ても気持ちがいい。
余程腹が減っていたのか、やきそばパンを三口で平らげると、おにぎり片手にから揚げとナポリタンを交互に口へ運ぶ。

ホテルの部屋の窓際で、小さなテーブルにコンビニで調達したものを広げての質素な晩餐だ。
他に選択肢もなく、時代遅れの古ぼけた安ホテルだった。

でも、高耶はそんなことは少しも気にかけていない様子で食べるのに夢中だ。

「もう少しゆっくり食べた方が…」と言いかけて止めた。
見とれている間に、高耶はもうほぼ食べ尽くしてしまっていた。

「あ、何だこれ、超うめえ。ナタデココってうまいんだな」

デザートのゼリーに手をつけた高耶が感動したように呟く。

「食べたことなかったんですか、ナタデココ」

「うん…。美弥が何度か食べてるのは見てたけど。オレがそんなの食べるのは柄じゃないっつうか…」

どうやら食べたい気持ちはあったものの我慢していたらしい。
意外と本当は甘いもの好きなのかもしれない。
もうひとつのゼリーへ物欲しそうな視線を注ぐ高耶に、「よかったら私のもどうぞ」と言うと、嬉しそうに手をつけた。

「あーすげえ幸せ。ごっそーさん」

そう言ったそばから目がとろんとし始め、間もなく椅子に座ったまま船を漕ぎ出した。

「高耶さん、ちゃんと自分の部屋のベッドで寝て下さい」

部屋は隣にもう一部屋取ってある。
同じ部屋で寝て、理性を保てる自信がないからだ。

そんなこととは露知らず危険な男の前で無防備な姿を晒す高耶の肩を、直江は強く揺すった。

「高耶さん…」

その時、ふと彼が最後に食べたゼリーの甘い匂いが鼻腔をくすぐった。

「ん…直江?」

一瞬、胸をかき乱され立ち尽くす直江を、目を擦りながら高耶が見上げる。

「寝る前に歯を磨いて下さいね」

辛うじて保護者の体面を維持して、直江は足取りも覚束ない高耶を隣室へと追いやった。

やっぱり、自分もデザートを食べればよかった…。
満たされない気持ちを食べ損ねたデザートのせいにして、直江はベッドに身を投げた。

淡く嗅いだ高耶の甘い吐息が、身体にまとわりついて離れない。
きっと今夜は眠れないだろうとうんざりしながら壁際へ寝返りを打つと、安普請で壁が薄いのか、隣の部屋の音が微かに聞こえてきた。

テレビを観ているらしい。
あれだけ眠そうにしていたのに、一人になった途端眠気が失せてしまったのだろうか。
それとも、静かな部屋が嫌で観もしないテレビをわざとつけたのだろうか。

人を寄せ付けない孤高な一面がありながら、高耶は寂しがり屋の側面も併せ持つ。
互いに眠れないなら、無理やり隣室に追いやらず、ここで話でもしていればよかったか。

そんな風に高耶のことをあれこれ考えていた時である。
トントンと唐突にドアをノックする音が響いた。

高耶の呼ぶ声がする。
直江は驚いて飛び起きた。
想い焦がれる余り、思念波でも飛ばしてしまったかと思ったが、そうではないらしい。

ドアを開けると、高耶は苦笑とも照れ笑いともつかない中途半端な笑みを頬に貼り付けている。
そうして、「いや…その…」と歯切れ悪く言いよどみながら、入り口に立つ直江の横をカニ歩きで擦り抜け、デスクの上に置かれた雑誌二冊を手に取ると、再びカニ歩きで直江の横を擦り抜け、そそくさと隣室へと戻って行った。

先刻コンビニで買った雑誌である。
無論、一冊はアダルト雑誌だ。

直江は思わず深いため息をついた。
しばらく何事か逡巡するようにその場に立ち尽くしていたが、やがて思い切ったように大股でベッドへと歩み寄ると、横たわり、壁にぴたりと耳をつけた。

静かだった。
テレビはもう消したらしい。

これから彼が隣の部屋でするであろう行為に聞き耳を立ててしまう自分を心のどこかで罵りつつも、止めることなどできなかった。
愚かだとわかっていながら、彼の性欲が向かう名も知らぬグラビアモデルに嫉妬すら抱いてしまう自分がいる。

静寂の中に、ミシリ、と小さな音が聞こえた。
この壁のすぐ向こう側にベッドがあるようだった。
古い木製のベッドが高耶の体重を受けて軋むのを想像しながら直江は目を閉じた。

ペラペラと紙の擦れる音がする。
高耶がアダルト誌のページを繰っているのだろう。
欲望を駆り立てるショットを探しているに違いない。

少し経つと、紙の摩擦音が止んだ。
直江は緊張するようにごくりと唾を呑み込む。

ミシッ、とまた木枠が軋み音を上げた。
その音はしばらく不規則に続いていたが、やがて一定のリズムを取り始める…。

ミシ、ミシ、ミシ…という聞こえるか聞こえないかくらいの微かな音で刻まれるそのリズムに、直江は夢中で耳をそばだてた。

薄い壁一枚隔てた向こうで、高耶は下着をずり下ろし、あられもない姿を晒していることだろう。
悩ましげに寄せられた眉、上気した頬…その吐息はあのナタデココゼリーの匂いがするのだろうか。

その手に握られた彼の若い雄は、どんな形でどんな色をしているのだろう。
まだ少し幼さを残したピンク色だろうか。
それとも、いくらか大人びて黒ずみ始めているだろうか。

そこは今、どれくらい熱く滾っているのだろう。
快感に耐えかねるように先端から透明な涙を流し、扱く右手を濡らしているだろうか。

そんなことを思った途端、クチュクチュ…という淫靡な水音が直江の耳に響いた。
もはやこれは幻聴かもしれない。
…幻聴でもいい。

直江はすでに妄執の網に囚われた獲物だった。
景虎という美しき毒蜘蛛の餌食となるべき哀れな羽虫。

だが、喰らわれる運命の羽虫も、最期まで足掻くことは止めない。

直江はその爛れた頭の中で、高耶を組み敷いた。
漆黒の瞳を潤ませて高耶は直江を見上げる。
どこか嘲笑うような笑みを浮かべるその唇へ、直江は噛み付くように口づけた。

甘い吐息ごと奪うようにその柔らかい唇をたっぷり堪能すると、首筋から鎖骨へと唇で肌を辿っていく。
荒い呼吸に上下する胸、ほどよく筋肉のついた引き締まった腹。
きつく肌を吸い上げる度、盛りのついた若い獣は繊細な反応を返す。

躍動する彼の生命。
そのすべてを今貪り尽くしたい…。
衝動が直江の全身の血管を熱く滾らせる。

肌を這う直江の唇が、とうとう高耶の中心へと辿りつく。
上目遣いに高耶と視線を交じ合わせながら、その存在の証を口に含む。
高耶の唇から切ない悲鳴が漏れた。

喉の奥まで深く咥え込み、ゆるゆると上下に動かしてやると、淫らな身体は腰を捩って快楽に溺れる。

「な、直江…直江っ!」

そうだ。
名を呼べばいい。俺の名を。
俺以外のものを見るあなたなんて許さない。
あなたは俺がいかせてやる。

口腔いっぱいに頬張りながらきつく吸い上げた。
高耶の内股は引き攣り、背が弓のように反り返る。

「あ、ああっ!」

吐き出される彼の無数の精子を口の中で受け止め、嚥下する。
彼の身体の一部が自分の体内に吸収されると思うと、それは最高にエロティックな行為に思えた。

「バカッ、飲むなよ」

高耶が怒ったように眉をひそめる。

「もう飲んでしまいましたよ。あなたのはどんなデザートより甘くて美味しい」

苦々しい表情で羞恥に耐える高耶に、その味を教えてやるように口づける。
嫌がって逃れようとするその唇を強引に吸ううちに、直江の中にサディスティックな欲望が頭をもたげてきた。

どうせ夢だ、妄想だ。
そう思うと、どんなことでもできる。

解放の余韻もまだ抜けぬ身体を、直江は手荒くうつ伏せに組み倒した。
腰を持ち上げ、抵抗を示す両手首を背後から引っ張ると、高耶の上半身は宙に浮く形になる。
直江は手綱を手に馬を疾走させるような格好で、高耶の身体を後ろから一気に貫いた。

腰を突き出し、高耶が痛がるのも構わずその奥を抉っていく。
パンパンという肌のぶつかり合う音と高耶の悲鳴交じりの荒い呼吸が耳を刺激し、快感を一層高める。
泣き喚く高耶の声に、いつしか善がる響きが交じり出した。

見ろ。
この人はやっぱり淫乱なんだ。
後ろから男のものに貫かれて、揺すぶられて感じている色欲魔だ。
こんなにいやらしい人を、もう俺以外の人間の目には触れさせたくない。
いっそこの手であなたを抱き殺してしまいたい…。

憎しみだか愛情だかよくわからない気持ちをぶつけるように、直江は激しく腰を打ちつける。
全身が快楽の炎に焼かれるようだ。
もう人間じゃない。
高耶と二人、どろどろとした得体の知れぬ泥のようなものに成り下がって、意識もなくひとつに溶け合ってしまえばいい。

直江が一際深く高耶の肉を穿つ。
高耶は顎を突き上げ、内臓から搾り出すような声で絶叫する…。

…その瞬間、直江は自分の手の中に欲望を吐き出していた。

重いため息を吐いて、脱力感に包まれながらふと壁の向こうの気配を探ると、高耶はすでに自慰を終えたのか、シャワーの音が聞こえてくる。

だが、直江はそれで満たされることはなかった。
決して報われぬ想いは募るばかりで、高耶への欲求もこんなものではとても消化できない。
直江はすぐに勢いを取り戻した自身を再び握り込むと、目を閉じて、今度はシャワーを浴びる高耶の背後に忍び寄った…。





「どうした、直江。寝不足か?」

助手席から高耶が妙に爽やかな顔つきで、充血した直江の目を覗き込んでくる。
二人は翌朝、朝食を取るために早々にホテルの駐車場を出ようとしていた。

「ええ。うまく寝つけなくて」

罪悪感を噛み締めながら、直江は短く答える。
ふーん、と高耶は直江を斜めに眺めてから、にやりと悪戯っぽい笑みを零してみせた。

「今夜、アレ貸してやろっか?」

「え?」

「エロ本だよ。すっきりして、よく眠れるぞ?」

直江はげっそりとした気分で、丁重に辞退した。

「きっとあなたにデザートを取られたせいですよ」

自分の苦痛を微塵も察することのない無邪気な主人に、小さな棘を投げつける。

「え、デザートって、あのナタデココ?」

ちらりと隣を見遣ると、高耶が目を丸くしている。

「何だよ、そんなに食べたかったんなら言えばよかったじゃん…なあ、もしかして怒ってる? オレのせいかよ? じゃあ、今日も買えばいいじゃん、ナタデココゼリー」

高耶は気に病んだのか、少し焦った様子で言い募る。

「いいんです、もう別のものを食べましたから」と早口で答えてから、直江は車のキーを回した。

「え? 何それ。何食ったんだ?」

「…内緒です」

ハンドルに手をかけ、大人の余裕を見せつけるように微笑んでやる。

「何だよそれ。ひでえ。オレの知らない間に、ひとりで何を食ったんだよ、なあ、直江!」

ムキになって問い詰める高耶に、あなたですよ、とそっと胸のうちで答えながら直江は滑らかに車を発進させた。









●あとがき●
『最愛のあなたへ』以前の友好的?な関係のまま、エロありで、『最愛のあなたへ』へと繋がる展開を妨げることのない小話を目指してみました(コンビニをうろうろする二人と炭水化物好きな高耶さんを書いてみたかっただけという説もありますが)。
結果、直江がただの妄想狂に…。
しかし、ギャグでもないのにこんなに変態チックになれるのは、あなたくらいのものですよ、直江さん。
いや、もはやこれはギャグなのでしょうか。いっそ笑えてきます。哀愁すら漂っています。
嗚呼、変態という名の紳士・直江信綱に幸多かれ。

因みに、元々「デザートはあなた」というタイトルを考えて書いていたのですが、ふとありがちだなーと思って検索したら、やっぱりあったんですね。同タイトルの小説&ドラマが。
どこかで耳にしていたのかもしれませんが。
仕方なくタイトル変えて、ラストもちょっと直した次第です。