静かな夜の香辛料  後編





「奴を呼んだんですか?」

声を殺して直江が問う。
高耶は黙ったまま首を振った。

「仰木隊長、おられるがでしょう? もう眠っちょられますか?」

少しの間沈黙を守っていたが、去る気配はない。
窺うように直江を見るが、直江は不機嫌なオーラを隠そうともせずにドアの方を睨みつけている。

仕方ない。

「何だ、急用か?」

声が少し掠れて変になった。
それを敏感に察知したのかどうかはわからないが、不自然な間を置いてから兵頭は扉の外で答えた。

「新兵器の試作品ができました」

高耶が工房に注文をつけていた霊力を利用した新型兵器のことだ。
次の作戦から実戦使用したいから、でき次第すぐに持って来るように言ってあった。

明日の朝にしてくれ、そう言おうとした時、高耶の奥を直江が大きくひと突きした。

「ヒッ・・・」

慌てて口を塞ぐが、漏れ出た声は元に戻せるはずもない。

「隊長?」

兵頭が不審気な声を上げる。
非難の視線を直江に向けたが、その直江は狂気染みた笑みを口端に貼り付けていた。

「いっそ、あの男に見せてやったら面白い。こうして私のものを呑み込んで、感じまくって乱れ悶えるあなたを見せてやったらいい」

「ふ、ふざけるなっ」

「ふざけてなんかいませんよ。あの男にはどうせいつか思い知らせてやらないといけないんです。あなたのすべてが・・・頭のてっぺんから足の先まで、体毛の一本、体液の一滴に至るまで、すべて余すところなくこの俺のものだということを」

「馬鹿なことを考えるな!」

「あの男に見られるのが嫌なんですか。そんなにあの男の前でいい格好がしたいですか。体裁がそんなに大事ですか。私はあなたを愛するためにすべてを投げ打っているのに。あなたには、あなた自身の信念と私という存在の他にまだ拘るものがあるんですか!?」

「そうじゃない、そうじゃ…」

頭に血ののぼった直江には手がつけられない。
今まで散々思い知らされてきたことだが、今ほどそれを痛感したことはなかっただろう。

叱責する高耶を完全に無視して、狂気に駆られた直江はベッドの上で高耶の背後に回った。
そして、後ろから高耶の膝裏を抱え上げると、その腰をすとんと一息に落とし、固い楔で再び高耶を深く貫く。

「ッ!!」

漏れ出る喘ぎを何とか堪えようと唇を噛み締めるが、直江はそんな高耶を翻弄するように下から腰を使い、すでに熟知している高耶のいいところを的確に突いてくる。

「ウッ、ウッ、ンッ…」

唇の合間から、律動に合わせて甘くくぐもった声が漏れる。

「隊長? 仰木隊長!? どがいしたがです?」

ドアの外の兵頭もいい加減室内の異常な気配に気づいたようだ。
ドアノブがガチャガチャ音を立て始めるのを聞いて高耶は焦った。

今、この扉を開けられたら…そう考えるだけで恐ろしい。

高耶は今、ベッドの上で入り口のドアに向かって両脚を広げ、下の口で男の一物を咥えながら自身のものをおっ立てているのだ。

室戸衆にも「証立て」なる慣わしがあるらしいが、それとこれとは似て非なるものだ。
この状況は腕ずくで捻じ伏せられているのとは明らかにわけが違う。
直江に犯されて、どうしようもなく悦んでしまっているのだ、この身体は。
男として、こんな姿を他の男に見られるのは、屈辱以外の何ものでもない。

「な、何でもない、兵頭。何でも…ア、アアッ!」

だが、否定の言葉も虚しく、直江に弱い左耳を甘噛みされ、今度こそ疑いようのない悲鳴が上がった。

「仰木隊長ッ!」

バンと大きな音を立てて、ドアが開かれた。
力で鍵をこじ開けた兵頭が、飛び入ろうとしたその姿勢のまま、入り口で固まってしまっている。
その視線は、動物のようにまぐわう二つの躰に注がれている。

「見るなッ!」

高耶が掠れた声で怒鳴った。
しかし、そんな叫びはまったく耳に届かないというように兵頭は息を呑んだまま目を逸らさない。

第三者の視線に晒されながら、直江はかえって見せつけるような角度で大きく抽挿を繰り返す。
腰を打ち付ける乾いた音と、高耶の先走りが濡らす結合部のグチグチという卑猥な水音が静かな部屋に響く。

「み、見るな、兵頭ッ!」

再び咎められた兵頭はハッと我に返った表情を浮かべた。
だが、察してそのまま去るだろうという高耶の期待を見事に裏切り、彼は室内に足を踏み入れると、後ろ手にドアを閉めた。

今度ははっきりとした意思をもって見つめてくる兵頭の視線はねっとりと重く、まるで目に見えない手で嬲られているようだ。
直江と兵頭、両方から責められているようでたまらない。
高耶はとうとうずっと堪えていた限界に踏み入る。

「アッ、イッ、イクッ…」

屹立した中心の先端からドピュッと勢いよく白い精が迸った。
それはパタパタと微かな音を立ててシーツを汚し、勢い余ってベッドからはみ出て床まで落ちた。

脱力した高耶の身体を背後から抱えながら、直江が口を開く。

「入室の許可なしに踏み込んでくるとは無粋な輩だな」

どこか見下したような言い草に、兵頭はキッと眦を釣り上げた。

「橘っ…貴様、部下の分際で、許されると思うちょるがか!」

フンと直江は鼻で笑う。

「上官も部下も関係ない。そんなことくらいわかるだろう? それともお前は上下関係でしか人との距離を測れない哀れな男なのか?」

絶頂の余韻が抜けきらず、呆然としながら二人のやりとりを聞いていた高耶は、その直江の言葉がかつての直江自身を言っているのだと気づいて、胸が少し痛んだ。

もちろん、兵頭はそんなことを知る由もない。
その言葉は彼の劣等感を刺激するには充分な威力があったのか、いつも冷徹なその目もとが怒りに震え、うっすら赤らんでいる。

直江はそんな兵頭へ駄目押しの言葉を投げかけた。

「仰木隊長は見ての通りお取り込み中だ。用があるなら明日にすることだな。それとも、お前の用というのは、隊長のこんなあられもない姿を覗き見ることだったのか?」

「貴様、橘ァ!」

叫びながら兵頭が俊敏な動作で懐から念短銃を取り出し、直江へその銃口を向けた。

「や…めろ」

制止の声を発したのは高耶だった。
依然直江のものに貫かれたまま、その胸にだらりと背中を凭れさせている高耶は、嬌声の続きのようなか細い声で呟いた。
だが、潤んだ瞳の中には、高耶らしい有無を言わさぬ強い光が宿っている。

「しかし、隊長…」

「出て…いけ」

兵頭の顔に一瞬浮かんだのは、怒りというより、傷ついたような表情だった。

「頼む、放っておいて、くれ…」

語尾が熱っぽく掠れる。
直江が再びゆるゆると腰を使い始めたからだ。

「早く…出ていって、くれ。そうでないと…オレ、は…」

白濁液をぶちまけたばかりの欲望がまた頭をもたげ始める。
兵頭の目の前で、高耶はあるまじき快感に目覚めようとしていた。

人に見られている…。
人間としての尊厳など欠片も残っていない動物の本能むき出しの己の卑しい衝動を、人に見られている。

理性は警鐘を鳴らすのに、獰猛な野性が淫猥な餌を前に涎を垂らしていた。
快楽の前では、見られているということすら一種のスパイスになる。

直江に蜜の味をこれでもかというほど思い知らされた身体は、警告も虚しく呆気なく本能の淵へと堕ちていく。

高耶はうっすら開けた熱っぽい瞳でたじろぐ兵頭を捉えながら、自ら腰を使い始めた。

「ンッ、アッ…イイ…」

口もとに微笑すら浮かべ、兵頭に向かって嬌声を上げる。
その兵頭が見兼ねたように視線を逸らすのを目の端で認めると、高耶は手を伸ばして背後にいる直江の首を引き寄せ、自分からその唇を奪った。

「ンフッ、ンンッ、フッ…ンッ…」

どれくらいの間、舌を絡め合い、唇を奪い合っていただろうか。
夢中で舌を求める高耶から、直江が不意に唇を離した。

気づけば、兵頭はもうそこにはいない。
いつの間にか律儀にドアを閉めて出て行ったようだった。

「いけない人だ」

直江が睦言めいた響きで詰る。

「お前のせいだろ」

薄目を開けて睨むと、直江は「謝りませんよ」としゃあしゃあと返してきた。

「謝りません。あなたは私のものです。どこまでも…どこまでも私のものです。この世界中にそう叫んでやりたい。知らしめてやりたい」

「直江」

マグマのように煮えたぎった直江の情熱が高耶の身を焦がす。
怒る気などとうに失せてしまった。
どころか、直江の狂気に当てられて、高耶は恍惚の境地にいた。

「直江…」

その熱い唇を再び際限なく求めようとした時、阻むように直江が高耶の顎を掴んだ。
潤む高耶の瞳をじっと覗き込んでくる。

「奴に見られて、感じていたんでしょう?」

ウッと高耶は言葉に詰まる。
この男にはどんな内面の機微もお見通しのようだ。
高耶は首を振って形ばかりの否定を試みるが、無論直江には通用しない。

「本当に、あなたはいけない人だ。いやらしい人だ。私の支配欲や、他人の劣情にまみれた視線すら快感に変えてしまう。油断のならない人だ。もうあなたには容赦しない…」

そう言うなり、直江は高耶の身体をベッドの上に乱暴に押し倒した。
両脚を深く折り曲げて組み敷くと、グズグズに蕩けた高耶の中へと自身を一気にめり込ませた。

「ヒャァッ…アッ、アッ、アアッ!」

凶暴なほど激しい直江の腰使いに、木のベッドがギシギシと悲鳴を上げる。

頭の中で真っ白い炎が爆発したようだった。
もう何も考えられない。
すべてが奪われていく快感に呑まれ、無意識にシーツを握り締める。
やがて高波に身体がふわりと押し上げられるような感覚に襲われ、抗いようもなく高耶は二度目の射精をした。

朦朧とした意識の中で、直江も自分の中で精を吐き出したのを感じた。
しかし、直江は自身を高耶から引き抜こうとはしなかった。
吐き出してもなお荒ぶる一物で高耶の中を味わい尽くそうとする。
二つの身体は生臭い精液でべとべとになりながら、気がふれたように互いを求めて乱れ狂った。

夜の静けさなど、もう微塵も感じる余裕はなくなっていた。



ふと目を覚まして窓の外を見ると、空はまだ暗いままだった。
けれど夜明けが近いらしく、早起きの鳥たちが朝の歌を口ずさみ始めている。

暗闇の中で気配を感じ、反対側を振り向くと、直江が黒いアーミースーツを羽織っているところだった。

「起床時間まであと1時間ほどあります。あなたはまだ寝ていて下さい」

その言葉通り、高耶は再び枕に頭を預けた。
全身は疲労感に包まれているけれど、次に目覚める時にはきっとかえってすっきりしているような気がする。

高耶は自分の身体にこの疲労感を与えた元凶へと手を伸ばした。

「兵頭のこと、気にしてますか?」

高耶の手を取りながら、直江が聞いてくる。

「お前が気にしているほどオレは気にしていない。だが、『思い知らせる』つもりが逆効果ということもあるんじゃないか? あの男は負けず嫌いだ」

「それなら心配要りません。あなたは私が守る。私だけのものだから。誰にも触れさせない、絶対に」

直江が握る手にきゅっと力を込めた。
高耶は目を閉じて神経を研ぎ澄まし、激しさと優しさの入り交じったその力加減を胸に受け止める。

夜明け前のこんなひと時が、何にもかけがえのないもののように思えた。
ずっと、こうして直江を感じていたい。

でも、朝は無情にも迫りつつある。

「早番の奴らがそろそろ起きてくるぞ」

そう促すと、直江は握っていた高耶の手にひとつキスを落とし、すぐに踵を返して部屋を出て行った。

布団の中で寝返りを打つと、微かに直江の匂いがする。
朝が来て、シャワーを浴びるまでは、まだこの匂いに包まれて眠ろう。

高耶は再び束の間のまどろみの中に落ちていった。









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●あとがき●

実にだらだらとした逸品に仕上がりました(笑)。
しかし、兵頭と3Pにしなかっただけ、まだ理性あったな遊丸、といったところでしょうか。
赤鯨衆にいる時の高耶と直江の微妙な距離感ってちょっとドキドキしちゃいます。
それにしても、スパイス扱いの兵頭って…。兵頭ファンの皆様ごめんなさい。