-----宵のゆめ-----



「ただいまぁ・・・・・」

昼の間ずっと夏の強い日差しを吸い込んでいた地面は、陽が傾き始める夕方になってもまだ熱気を発し続けていて、弥勒はシャツの背中をほんのり汗で濡らしながら帰って来た。
別に用事がある訳でもないのに、駅からの道を早足で歩いて来たので余計だった。

「うわっ、涼しい〜〜」

程よく調節されたエアコンの冷気は火照った体に気持ち良い。
それに、いつもの寮の一人部屋ではなく、自分を待つ人が居る家に帰って来たことを改めて感じてしまい、弥勒は少しでも早く帰って来て良かったと思う。

そして、スリッパを履いてトタトタと廊下を歩いて・・・・・
「せんせー、愛しのダーリンが帰りましたよぉvv」
リビングに入ると、そこに先生の姿は無い。

何やら物音のするキッチンへ回って見ると、犬君先生はそこに居た。



  




カラカラと油で何かを揚げている音で、弥勒が帰ったことには気づいていない様子だった。
更にキッチンに置かれた小さなラジカセからは軽妙な音楽が流れていて、結い上げた長い銀髪を揺らしながら、犬君先生は弥勒がそこに居るとも知らずにふんふん♪と鍋に向かっている。



腰の辺りで蝶々の形に結ばれたエプロンの紐を見つめながら、弥勒は不意に思いの淵に沈んだ。
ついこの間まではただのクラスの担任で、教壇に立っている姿や、職員室でお茶をすすっている姿しか知らなかったのに。
・・・・・もしかすると、この目の前の愛しい光景は全て嘘で・・・・・少しでも近づいたら、波に呑まれる砂のようにそのカタチを消してしまうのではないか・・・・・なんて、あるわけの無いことを思ってしまったり。

だけど、余りに幸せすぎて、少しだけ何かが不安になるのは確かだった。

弥勒は足音を忍ばせて先生の背後へと近づいた。
息がかかりそうなほど傍まで行くと、まるでその儚げな美しさをどこにも逃がすまいと、ずっと手中に収めておこうとするかのように、両手をそっと先生の腰に回す・・・・・

「ッッ!!」

突然背後から伸びてきた手に、犬君先生は明らかに驚いたようにビクンと体を硬直させた。
その現実的過ぎるくらいの反応に、弥勒は可笑しくて、だけど何となく少しホッとして、クククッと肩を震わせながら悪戯っぽく笑った。
そして、一応お決まりの挨拶をしてみる。

「ただいま・・・・・」

「お、おかえり・・・・・・・・・・じゃねーよ。バカ。いきなりびっくりさせんな。もお、心臓が止まるかと思ったじゃねえかッ」

「どれどれ?」
と弥勒は腰に回した手をそのまま左胸の辺りへと這わせた。
「なっ・・・・・」

「・・・・・ちゃんと動いてるじゃんv」
「邪魔すると作ってやらねえぞ・・・・・」

そう言われて初めてキッチン台に目を遣ると、天ぷら鍋の中で鶏肉が次々と丁度良いキツネ色に揚がっているところだった。
弥勒はまだ先生の腰に片手を回したまま、キッチンペーパーの上に転がっている揚げたての唐揚げをひょいと摘んで口に放り込んだ。

「あっ・・・・・コラ、摘み食いすんなよ」

「ふまい(うまい)じゃんvへんへー(せんせー)」
そう言いながら指をチュッチュッと舐めると、「じゃこっちもついでに摘み食いしてみたり?」とその手をエプロンの裾からスッと忍ばせ、先生のズボンのジッパーをつううっと下ろしていく・・・・・

「・・・・・たく。食欲旺盛だな、高校3年生・・・・・」
犬君先生は自分のエプロンをぴらりとめくり上げながら言う。
「・・・・・だけどオイタが過ぎると、このお手手まで唐揚げにしちまうぞぉ〜〜」
と、長い菜箸で、股間をさわさわ撫で上げる弥勒の手をひょいと摘み上げた。

「アタタタタ・・・・ちぇっ。けちッ」

「飯炊けるまでまだ時間あるから風呂でも浴びて来い」



  



熱いシャワーに打たれて、シャンプーのポンプを押す。
目を瞑って髪を泡立たせると、いつも先生の銀髪から香ってくる香りに包まれる。
学校でふざけてじゃれついては、不意に漂ってきたあの香り。
最初にこのシャンプーで髪を洗った時は、酷く落ち着かなくて、胸がそわそわして、甘くて妙に切なくて、自分らしくもない「恋しちゃってる気分」に戸惑いすら覚えた。
それも今は次第に慣れつつある。
これから先、きっとこの香りで自分の髪を洗うのも当然のことのようになって・・・・・それと同じように、他の色んなものを共有して・・・・・別々の道を歩んでいた二人がひとつの生活を分かち合っていくんだろう、なんて思う。

だけどまだ今は、やっぱりちょっと胸がくすぐったい。
一日離れていただけで、先生に飢えてる自分がいる・・・・・



  



小さめのバスタオルを一枚腰に巻いただけでリビングを通る自分を横目でちらりと見る犬君先生の視線を感じながら、弥勒は服を着るために寝室へと入って行った。

「どれ着よっかなぁ〜♪」
引出しの中から犬君先生の服を漁って、ネイビーブルーのTシャツを一枚引っ張り出す。
「これで良っかな・・・・・」
袖に腕を通して、次に頭を通そうとして、首を下に向けた時――――

「・・・・・!?」

弥勒は不意に眉を顰めた。
目に入ったのはベッドサイドに置かれたゴミ箱。
いや、ゴミ箱と言うより、ゴミ箱の中にある・・・・・ゴミ。
・・・・・白いティッシュの、山。

「・・・・・・・・・・」

それは間違い無く、或るコトをした残骸だった。
弥勒はシャツを着る手を途中で止め、胸がかき乱されるままにそれを見続けた。



先生が・・・・・?なん、で・・・・・?

自分が居ない間に誰かを呼んで寝たなんてことは有り得ない。
そういうことをする人ではない。それは判る。

でも・・・・・なら・・・・・なんで・・・・・?
昨日だってあんなに抱いたのに?

・・・・・俺じゃ、足りないってこと?
いくらヤっても、やっぱり俺じゃダメってこと?



弥勒は脳裏に一人の女性の顔を思い浮かべた。

夏休み同棲を始めたばかりの頃に、弥勒は偶然寝室でアルバムを見つけた。
少し罪悪感を抱きつつも開いてみると、中は予想通り、先生と同じ年頃の女の人の写真ばかりだった。
その女の人が、死んでしまったとかいう昔のフィアンセだということは考えるまでもない。

別に、どうとも思わない・・・・・つもりだった。
以前つき合っていた、しかも結婚までしようとした人の写真を持っているのは当たり前のことだ。
でも・・・・・
自分からはそれを聞く気にはなれなかった。
先生の方から自分にその写真を見せて欲しいと思った。
そう思って、密かに待っていたのだけれど・・・・・



・・・・・やっぱり、見せてくれる訳なんか無い、か・・・・・

さっきまでウキウキ気分で「ひとつの生活を分かち合っていく」なんて考えていた自分が、涙が出そうなほどバカみたいに思えてきた。

先生の中には今でもあの人のための場所があって・・・・・
俺は未だにそこに手を触れることすら許されない・・・・・
どんなに激しく先生を抱いても・・・・・



噛み締めた唇のきつさとは裏腹に、焦点の合わない瞳の奥は小刻みに揺れていた。



  



「・・・・・弥勒?」

「・・・・・っ・・・・・何?」

キッチンのテーブルで犬君先生と向かい合って夕食を食べている弥勒は、自分でも気づかないうちに無口になっていた。

「ほら、いっぱい食べろよ。何なら俺のも食べても良いんだぞ?」
犬君先生は自分の唐揚げをひとつ弥勒の皿へ寄越した。

「・・・・・」

「好き・・・・・じゃ、なかったか?」

「・・・・・好きだよ、ありがと」
我侭だとは判るけれど、今は先生に優しくして欲しくない。
優しくしてくれればくれるほど、先生に対する想いが爆発してしまいそうだった。

「センセ、テレビのリモコンどこ?」

「ソファーの上・・・・・」

弥勒は、いつになく食事時にテレビを見ようとする自分へ向けられる不審な眼差しを意識しつつも、ソファーにリモコンを取りに行き、テレビをつけた。

「・・・・・なぁ、弥勒?」
躊躇いがちに話し掛けてくる先生に、弥勒はテーブルに就くとテレビに目を向けたまま答える。
「何ですか・・・・・?」

「どうした?」
「別に・・・・・」

「・・・・・模試の結果くらい気にすんな。焦ることはないぞ?」
「まさか。この俺が悪い成績取るわけ無いでしょう?」

模試のせいにしておけば良かったのかも知れない。
それが出来ないなんて自分も思ったより子供だと反省するが、もう遅い。

「なぁ、弥勒。言えよ・・・・・」
「・・・・・」

「一人で悩むなよ。何でも打ち明けろって・・・・・な?聞いてやるから」
ちらりと見遣った先生の顔はとても優しげで、自分を真剣に心配してくれていることがよく判る。



・・・・・俺にあれだけたくさん抱かれても、他の女を想って一人でヤってるくせに?

・・・・・どれだけ深く体を繋げても、本当の本当は俺のことなんか心の隅にも置いてないくせに?



「弥勒。俺はお前の担任なんだし。な?」

その一言に、弥勒の片眉がぴくりと吊り上った。
「・・・・・担任だから、ですか?」

「な、何言ってんだ?お前・・・・・」

弥勒はパチッと音を立てて箸をテーブルに置いた。
「先生・・・・・先に、謝っておきます」

「謝るって・・・・・何を?」



訳が判らないと首を傾げる先生を無視し、弥勒はガタッと椅子から立ち上がると先生の方へと回り、その腕を取る。
自分を見上げる金色の瞳は深く澄んでいて、それが逆に弥勒の苛立ちを煽った。



  



「うあッ!な・・・・・何すんだよ、急にっ!?」

先生の腕を取ってリビングへと無理矢理引っ張って行った弥勒は、足を使ってソファーに置かれたクッションを床に下とすと、先生の脚を掬い、その上に倒した。

「いってぇ・・・・・じゃねぇか、弥勒っ。おい・・・・・食事中だぞ。な、なぁ・・・・・そういうコトは、後に――――」

取り敢えず何とか宥めようとする犬君先生を、弥勒は凍てついた瞳で見下ろした。

「み、弥勒・・・・・?」



それからはもう、何が何だか自分でもよく分からないまま衝動に任せた。
ジタバタ暴れる先生の両手首を片手で押さえ上げ、もう片方の手でガチャガチャとベルトを外すと、ズボンをずり下ろし、下半身を剥き出しにさせた。
そして、自分の脚で先生の腿を大きく開かせると、何の戯れも無いままに、丸出しになった先生の秘所へ腰を進め、その体を貫いた。

容赦の無い自分に怯える先生の顔がある。
懇願の言葉と苦痛の悲鳴が聞こえる。

それでも弥勒は自分の心に渦巻くどす黒いものを抑えることが出来なかった。
クッションによって持ち上げられた腰は、どんなに先生が拒絶しようが、弥勒のモノをすんなり受け入れる角度に浮いていた。
弥勒は先生の腰を両手で掴み、自分の腰を突き上げるのと同時に、その腰を自分の方へと強く引き寄せる。
全く慣らされていないソコを深々と抉るように、そうして幾度も幾度も力任せに突き上げた。

愛しい人が辛そうに眉を寄せ、噛み締めたその唇からは明らかに快楽から来るものではない呻きが絶え間無く漏れる・・・・・
弥勒は腰を忙しく揺らしながら、それをまるでゆめの中のことのように冷ややかに見つめていた。



――――この気持ちを「嫉妬」と呼ぶのかも知れない。
何と呼ぼうが構わない。
ただ・・・・・ただ、今、先生と繋がっていないと、自分が消えてどこにも居なくなってしまいそうな気がした。
その心に届かない場所があるのなら、せめて体だけでも自分を感じて欲しい。
自分の与える感覚に反応する先生を見ていたい。
繋がっている証しを刻んで欲しい。
そして、それは痛みを伴っているほど確かな痕を残す
――――



顔を激しく左右に振る犬君先生の長い銀髪が、淫らな曲線を描いて乱れてく・・・・・



もっと、もっと・・・・・乱れればいい。

弥勒はそんな言葉を心に浮かべながら、何かに取り憑かれたように犬君先生の奥深くを求めた。



  



はっと我に返った時、ボタンの取れたシャツの間から、先生の白い胸が荒い息をついて大きく上下しているのが目に入った。
視線を下に落とすと、片足だけ剥かれたズボンはよれよれになってもう片方の脚に纏わりつき、愛撫すら与えられなかったその股間は弥勒の知らない間に白い飛沫を散らしていた。
その光景に眉を顰めながらそっと自分を先生の中から抜き取ると、むっと鼻をつく血の匂いに弥勒は戸惑ったように目を見開く。

「先っ、生・・・・・」

先生は上気した顔を横に背け、視線をじっと床に落としたまま表情ひとつ変えなかった。

「ご、めん・・・・・ごめんね、せん
――――」

弥勒は頬を伝った涙の跡をなぞるように手を伸ばした・・・・・
が、その手はパシッと突然飛んできた先生の手によって振り払われた。

「先・・生・・・・・」



  



いくら見た目が可憐で性格が可愛くても、所詮は7歳年上の男。しかも、先生。
そんな人を抱くからには、自分にもそれなりの成熟したものがなければならないことは充分承知していたはずだった。
それが「過去」のある人ならばなおのこと。

それでもそんな先生を抱きたい、大切にしたいと願ったのは他ならぬ自分だ。
なのに。
あんな抱き方をしてしまった自分がひどく嫌だった。



弥勒はベッドの上でひとつため息をつき、体を隣で寝ている先生の方へと向けた。
と、その途端、ついさっきまで自分に背中を向けて寝ていたはずの先生と目が合い、思わず絶句する。
でも、その瞳は責めている風でもなく、ただ真っ直ぐに自分を見つめていた。

「俺は、お前の何だろうな・・・・・」

先生の言葉が胸に突き刺さる。

「そんなに、俺に言えないことがあるのか?」



弥勒はしばらく目を伏せて考え込んでいたが、犬君先生の顔をちらりと上目遣いで見ると、腕をベッドの下へと伸ばし、ゴミ箱を掴み上げてその中が先生に見えるように傾けた。

「・・・・・ゴミ箱、が、どうした?」

「どうした?」と聞きながら明らかに動揺している先生に、弥勒は再び背中を向けた。

「良いんです。俺が、どうかしてたんです。別に、先生に想い出を捨てて欲しいとか、そういうことを願っているんじゃないんです・・・・・。ホント、ちょっとどうかしてただけで・・・・・もう、二度とあんな風にしませんから・・・・・」

困惑している先生の様子が背後から伝わってくる。
やっぱり、先生には言わない方が良かったのか・・・・・。それでも、言わなければきっと先生も納得してくれないだろう・・・・・。

そんなことを思っていると、突然犬君先生が弥勒の背中に寄り添ってきた。

「・・・・・?」

弥勒が訳も判らず呆気に取られていると、先生は更にパジャマのズボンへと手を忍ばせ、萎えたモノに触れてきた。

「・・・・・先、生?」
「黙ってろ」

一言そう言うと、先生は不慣れな手つきで愛撫を始めた。

「あ、の・・・・・先生ぇ・・・・・」
今まで先生にそんなことをされたことが無いので、何となく気まずい。

「何だよ、うるせぇな」
「す、すみません・・・・・そのぉ・・とっても・・・下手なんですけど・・・・・」

「いいから、黙ってろッ!」
下手と言われたのが癪に障ったのか、ぴしゃりと命令するように言う先生に、弥勒は仕方なく「はい」と答えて黙り込んだ。



それはとても稚拙で、もどかしい愛撫だった。
力加減やリズムが全く「なって」いなかった。
それでも、その手は一生懸命何かを伝えようとしていた。
淡くて、恥ずかしくて、秘めたものを、その手の温もりに添えて弥勒の中心に伝えようとしていた。

弥勒も自分の感覚をその手に委ねると、次第にソコは血を通わせ、形を成していく。
それを悦び、愛しがるように、その手は弥勒に吸い付いた。
どこをどうすれば気持ち良くなり、どんな強弱をつければ達することが出来るのか全然分かってないような手つきだったけれども、決して悪い気持ちではなかった。
時折、妙な所で「感じる」ことがあるのだ。
それが何なのかは良く解からなかったが、これが先生の「やり方」なのかと、弥勒は少し感慨深げに想いを巡らせた。
そして、先生はきっと自分のモノをする時もこんな風にやるのかな・・・・・などと頬を緩ませた。



「弥勒?」
犬君先生が背後から耳元へ声を落とした。
「ン・・・・・え?」

「解かった?」
「何、が?」

「何が」と自分で言った瞬間、弥勒はハッとした。

――――それは、自分の「やり方」だった。
もちろん、自分よりもずっと拙く、慣れない動きではあったけれども、確かに、いつも自分が先生を「愛する」やり方だった。
先生は、それを真似しようとしていたのだ。



「・・・・・そうじゃないでしょ?」
弥勒はほんの少しだけ笑って言うと、自分のモノを掴む先生の手の上から自分の手を添えた。
そして、その手に教え込むように自分を扱き始めた。

自分の手が先生の手を握り、その先生の手の中に自分が包まれている・・・・・
自分の手が先生の手を動かし、その先生の手の動きが自分を追い詰めていく・・・・・
やがて弥勒は、その不思議な感覚の中で己を解き放った。





「ねぇ、センセ・・・・・」
「ん?」
ボックスティッシュへと手を伸ばす先生に、弥勒が声をかける。

「もしかして・・・・・もしかして、昼間、俺のコト想ってヤってた?」

犬君先生はちらりと弥勒の表情を盗み見てから怒ったように言う。
「なわけねぇだろ、ばーか」

「そっか・・・・・残念」
そう答える弥勒の顔はしかし、少しも残念そうではなく笑っていた・・・・・




夏のゆめ・おわり

written by 遊丸@七変化


ははは。
犬君先生に弥勒君。
今回は取り敢えずこのくらいで勘弁してあげよう(笑)。
次回はもっとキツイ展開が待っているかもね。
by 悪魔のような管理人

ちなみには洗濯バサミです。気づいてました?




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