Prologue
犬「なーみろくぅーー」
弥「・・・・・・」
犬「なーみろくぅーー」
弥「・・・・・・」
犬「なー!おい!聞いてんのかクソ坊主!!」
弥「あーうるせえなぁ、お前って奴は。秋の夜くらいもの静かに過ごせんのか!?」
犬「なーなー何やってんの?」
弥「内緒」
管理人遊丸の部屋で、眼鏡をかけてパソコンの画面を睨みつつキーボードをパタパタ打つ弥勒に、
犬夜叉は後ろから抱きついた。
犬「何これ?」
<こんばんは遊●です♪メールありがとうございました〜♪
××さんって若いのに部長さんなんですか〜すごいです!
趣味は旅行?うわ〜今まで色んな所に行ったんですね〜〜
いいな〜〜いつか私も連れてって〜もちろんお礼はするわよvたっぷりとvv
え?何のお礼かって?そんなの恥ずかしくて言えな〜〜い・・・>
犬「っておい;;何だよこれ!?」
弥「出会い系カキコの後始末。遊丸殿がなかなか返事書かないから俺が書いてやってんの」
犬「・・・どうなっても知らないぞ?つうか、楽しんでんだろ?お前」
弥「バレた?・・で、何か用?」
犬「そんな阿呆管理人のことなんかほっときゃいいじゃん?」
犬夜叉は後ろから弥勒の眼鏡に手をかけてそっと外した。
犬「何かさ、俺たち、その、最近・・・ゴブサタだな、とか、思って、、なんちゃって???」
にゃはははは・・・と笑う犬夜叉だが、その軽さに反して事態は結構深刻らしく、そのスマイルは大きく引き攣っていた。
弥「お前ってたまに凄いこと言うよな・・・」
犬「だってさ、現代版の俺たちって、正月以来らぶらぶしてなくねぇ?」
弥「あのマヨネーズな?思い出しただけでも笑っちゃう激エロだったな。
まあ確かについでに言えば戦国版は謎の破滅的展開だし、
学園も停滞中だけど次回は大波乱の予感だし、
異国版に至っては二人が不本意な決定的別離を強いられる所で止まってるしな」
犬「だろ?だろ?俺もうこんなのヤだよぉ」
弥「そうか?俺は戦国版に限っては結構満足だけど?これから丁度エロ入るし♪」
犬「な、なにうぉーー!!?もうお前なんか殺生丸の毒華爪の餌食になって――――」
大声で喚きたてる犬夜叉の首に手を回して、弥勒は上から見下ろしてくるその顔をあっという間に強く引き寄せ、うるさい口を塞いだ。
犬「・・・・・・」
弥「解かってるよ?犬夜叉」
犬「みろくぅぅ〜〜」
瞳に涙をじんわりと浮かべて、犬夜叉は尖らせた唇でチュッチュッと触れるだけのキスを繰り返した。
犬「じゃさ、今度俺がお前のマンションに行くよ?」
弥「え゛?俺のマンション?」
犬「そ。だって、去年の秋はお前が俺ん家に来た時、丁度かごめが来ててお前すんげー怒ってたじゃん?
その詫びとゆうか何とゆうか・・・とにかく今度は俺がケーキ持ってお前ん家に行ってやるから。楽しみにしてろよ?」
弥「いや、ちょっと待て。やっぱり俺が・・・」
犬「何だよ?まさかお前まで女連れ込んでんじゃねーだろ?ええ?」
弥「ま、まさか・・・あはははは(汗)」
・・・というワケで、今年の秋もまた、ひと波乱の予感が・・・
前編
それは晴れ渡った秋空が目に眩しく、少しだけ冬の到来を予感させるような肌寒い日曜だった。
「デラックスショートとデラックスモンブランとガトーオショコラ、それからスペシャルチーズにレアチーズも。あとジャンボシュークリーム5個ね?」
駅前のケーキ屋さんで明らかに5人分あると思われる量のケーキを買い込み、犬夜叉は超ご機嫌で商店街を歩いて行った。
<いい天気だな〜♪こんな天気に部屋の中で過ごすなんてもったいないけど・・でもちょっと寒くなってきたし。弥勒に美味いコーヒー入れてもらおう♪>
- - - - - -
「弥勒!コーヒー入れてくれよ?ほら、こんなにたくさん買ってきたんだぞ?美味いぞ?」
(玄関で抱き合って挨拶のキッスを交わす俺たち)
「そうかそうか。じゃすぐに熱いのを入れてやるよ」
(そう言うなり両手に抱えたケーキの箱を邪魔だとばかりに取り上げ、下駄箱の上へと置く弥勒)
「え?何?ちょ、ちょっと、いきなり何すんだよぉ;;」
(弥勒は俺の着ているジャンパーを剥ぎ取り、シャツのボタンまで外し始める・・)
「だから、とびっきり熱いモノを挿れてやるって言ってんだろ?」
「いや、俺はコーヒーを・・・」
「コーヒーよりイイモノ挿れてやるからサ♪」
(玄関先で半裸にされて、お姫様抱っこで寝室へと連れ去られる俺・・・)
「あんっ・・ダメだって、こんな・・来たばっかりで!ああン、もぉバカ!」
- - - - - -
バカバカバカ〜、弥勒のバカ〜ン!
ぶるんぶるんと頭を振りながらふと我に帰ると、買い物袋を提げたオバサン連中が怪訝な眼差しを向けているのに気づき、小声でぼそっと愚痴る。
「もぉ(赤面)・・弥勒のバカッ」
犬夜叉は自然と妄想が湧き出してしまうのを何とか押さえ込みながら弥勒のマンションへと急いだ。
昼下がりの平和なマンション。
チャイムを押すとピンポ〜ンと軽快な音がドア越しに聞こえる・・・
犬夜叉の胸は否応なく高鳴っていた。
も・・もし、予想通りの展開になっちゃったりしたらどーしよーー。
弥勒ってば俺にしか目がいかないからなーー(陶酔)。
ありえねえこともねえよなーーー(恍惚)。
・・・・・って?
えええっ???
ガチャリと音がして中から姿を見せたのは新妻宜しきエプロン姿の・・・女!!!
咄嗟のことに、犬夜叉はバタンとドアを閉めてしまった。
間違えた。
そうだ、久しぶりに来たから家間違えちった、あはははは・・・
と心の中で乾いた笑いを響かせながら表札を見上げたが、やっぱりそこは弥勒のウチで・・・・・・
み、弥勒って、ひょっとしてもしかして人の夫たる人間?
てことは・・・俺たちってホモである上に不倫関係?
新婚夫婦とホモ、泥沼の三角関係は愛憎を交えた凄惨な修羅場へと・・
混乱の余り、どこぞやの安っぽいメロドラマの如き展開が次々と犬夜叉の頭の中を駆け巡る。
信じてたのにっ、
信じてたのにっ。
去年自分のアパートを訪れた弥勒が同じ目に遭ったことなどすっかり忘れ、過激な妄想は募るばかりだった。
と、そこへ再び内側からドアが開かれた。
「何やってんの?お前?」
「何やってんの?お前?」
と言われても・・・
犬夜叉はまだ心臓をドキドキ言わせながら、ドアを開けて平然と声をかけてくる弥勒を泣きそうな目で見つめた。
「早く入れよ?」
「い、良いのか?」
「は?」
「だから、本当に・・入っても・・大丈夫なのか?」
おろおろと戸惑っている犬夜叉を前に、弥勒は額に手を当て、やれやれと頭を軽く左右に振った。
「ちゃんと説明するから・・・」
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
「へぇーーーホントに女の子じゃないんだぁ?」
「だから何度もそう言ったじゃないか、友達が来るんだって」
「お兄ちゃんのことだから、小春を追い出して彼女でも連れ込むつもりかと思った・・・」
「小春ッ!」
どうやらこの新妻宜しき女子は弥勒の妹ということらしく・・
弥勒曰く、今年の春から東京の大学に通うために田舎から出てきたのだとか。田舎の両親が一人では心配だから・・と弥勒に押しつけたらしい。
犬夜叉は一応客人としてテーブルに案内され、その隣に弥勒が、弥勒に向かい合うように小春が座った。
小春はまるで小姑が嫁を品定めするかのような目で犬夜叉をじろじろと観察している。
「あ、、あの、これ、ケーキ買って来たんだけど・・・」
険悪な雰囲気から何とか脱出しようと、犬夜叉が話を食べ物に振った。
「そ、そうそう。小春、良かったな、お前甘いもの好きだろ?な?」
と、弥勒が小春の方へとケーキの箱を押し遣る。
小春がガサゴソと箱を開けている間、弥勒が犬夜叉に耳打ちした。
「何とか出掛けさせようとしたんだけどさ、コイツ、すげーヤキモチ焼きなんだよ・・・友達が来るからって言ったら、女連れ込む気だろうって怒っちゃってさ・・・ま、似たようなもんだけどな(笑)」
「ヤキモチって・・兄妹なんだろ?」
「いやまあそうなんだけど・・・。でも男だって判ったし、後はケーキでも食わして機嫌が直れば買い物にでも出かけるだろうからさ・・・」
そうか・・と納得しかけて目の前の小春に視線を向けると、ケーキを見下ろしたまま固まっている。
「?」
「ケーキってコレのこと???」
箱を傾けて二人に中身を見せる小春。
そのケーキと思しき物体に唖然とする男二人。
どうやら犬夜叉が先程玄関前で新婚夫婦とホモの三つ巴という地獄を見ていた間、手にしていたケーキも犬夜叉の心と共に泥沼と化したようだった。
「惣一郎さーーーん」
「ばうばうばうばうばうっ」
小春がおもむろに声を上げると、どこからともなくしょぼい巨大犬が現れた。
「惣一郎さん、ケーキよ?」
「ばうばうばうばうばうばうっ」
惣一郎さんと呼ばれた雑種犬は小春がケーキの箱を床に置くや否や、ものすごい勢いで渾然一体となったケーキに挑みかかり、一気に完食した。
「おりこうね、惣一郎さんv」
「ばうばうばうばうばうばうっ♪」
「あのおにーちゃんが買って来てくれたのよ?よぉ〜くお礼しなさい?」
「ばうばうばうばうばううっ〜〜!!」
小春が犬夜叉を指差して惣一郎さんに示した途端、惣一郎さんが犬夜叉目掛けて飛び掛った。
「うわっ・・ん・・・んんっ、たっ、助けて・・みろくっ・・・」
巨大雑種犬惣一郎さんが犬夜叉の膝の上に乗り掛かり、顔中をべろべろと舐め回した・・・
「すまん犬夜叉・・・惣一郎さんは小春の言うことしか聞かないんだ・・・」
うわーー俺はこんなワケわかんねぇ犬とラブラブするために弥勒のウチに来たわけじゃないんだぁーーー!!
悪魔(=小春)と悪魔の手先(=惣一郎さん)の陰謀により、犬夜叉は更に深い地獄の底へと堕ちていくのだった・・・
「やめろぉーこのーそういちろう!ああっ、どこ舐めてんだてめー!!」
「だずげでーーーみ゛ろ゛ぐーーーーー」
惣一郎さんに襲撃された犬夜叉はいつの間にか床に倒れこみ、上に圧し掛かかる惣一郎さんは調子に乗って腰まで振り始めた。
「おい、おめーこの犬に一体どういう教育してんだよっ!」
しばらく様子を眺めていた弥勒も、ひとつため息をつくとようやく口を開いた。
「仕方無いな・・・もうちっと眺めていたかった気もするけどv」
そんなそら恐ろしいことをさらりと付け足しながら弥勒は苦肉の策に出た。
「小春。天気も良いし、たまには買い物にでも行って来いよ?ほら、西●デパートで優勝セールやってるだろ?」
「西●負けたの知らないの?お兄ちゃん」
「そ、そうだったか?あ・・でも残念セールとかやってるかも知れないし・・な?少しくらいならお兄ちゃんがお小遣いやっても良いんだぞ?ほら・・・」
そう言いつつ弥勒は財布から万札を一枚取り出す。
が、それが余計に小春の機嫌を損ねたらしく・・・
「小春がどうしようが小春の勝手でしょ!あたしはあたしで忙しいんだからねっ!やることいっぱいあるんだから!例えばお兄ちゃんのパンツ洗ったりとか!!!行くわよ惣一郎さん!」
「ばうばうばうばうばうっ♪」
一瞬じろりと犬夜叉を睨んでから、小春は惣一郎さんを引き連れ自分の部屋へと戻って行った。
「犬夜叉、小春の言ったことは気にするな・・・」
弥勒は床に倒れ込んだ犬夜叉を優しく抱き起こす。
「べ、別に、俺は・・・」
「大丈夫だから安心しろ。今日はちゃんとお前に洗わせてやるからな?」
「は?」
「だから、お前が洗いたければ俺はお前に洗わせて―――」
「誰がてめーのパンツなんぞ洗いたいって言ったぁぁぁ!!!」
「洗いたくないのか?」
「・・・・・洗いたいかも」
無敵のバカップルぶりが目出度く復活しかけたその時・・・
RRRRRと家の電話が鳴り出した。
「悪い犬夜叉・・・急に助っ人頼まれちまった」
え?・・・と、犬夜叉が心許なさそうにしょぼくれた目を向けると、弥勒は電話の内容を説明した。
職場の同僚が突然風邪で寝込んでしまったため、明日に上げなくてはならない原稿がまだ大量に手付かずのままになっていたのだ。
弥勒は書斎に入るとパソコンの前に座り、すぐにメールチェック。添付ファイルで送られてきた資料や原稿に関する要項に目を通した。
「ゴメン犬夜叉・・・」
「な、なんだよ?」
「今夜泊まってくだろ?」
「・・・・・・」
嫌な予感。
「夜までかかりそう」
やっぱり・・・。
「別に、俺が居たって、何手伝えるわけじゃないし・・・どーせ邪魔になるだけじゃねえの?・・・それに・・・」
不意に視線を外す犬夜叉。
「それに?」
「それに、お前のあのブラコン妹が丁重にお世話して下さるんだろう?俺なんか出る幕無いっつうの!」
たっぷり嫌味を込めて言ったはずだったが、弥勒はたじろぐことなく反って視線を硬くし、犬夜叉を見つめ返してくる。
「お前は俺の妹じゃないだろう?」
「え・・そ、そりゃぁ・・・」
「お前は俺の何だ?」
「っ・・・」
普段アホみたいなことしか言わないくせに、弥勒はそのインテリ顔に真面目な表情を浮かべると正に天下無敵だった。実にキタナイ(笑)。
「ただそこに居てくれることに意味があるんだ、俺にとっては・・・」
この手口でヤられるんだ毎度毎度・・と判っていつつも、「居てくれることに意味がある」という口説き文句はいつの間にか頭の中で→→→「お前が居てくれないと俺は何もできない」→→→「お前さえ居れば他に何も要らない」などと言う殺し文句に自動変換されて勝手に胸が熱くなり、「居てくれることに一体ナニの意味があるのか」などということはこの際全く気にしない犬夜叉だった。
「弥勒ぅ・・・」
嗚呼やっと弥勒とラブラブだぁ〜〜♪と、犬夜叉はお姫様気分で目を閉じた。
「犬夜叉・・・」
「弥勒・・・」
「犬夜叉?」
「弥勒・・・」
「いや、犬夜叉?」
「だから何なんだよっ、キスするんならさっさとやりやがれ!!」
気の短いお姫様である。
「まずいな・・・」
「へ?」
弥勒の様子に気づき、犬夜叉がその視線を辿り背後を振り向くと・・・
「ばうばうばうばうばうばうぅっvvv」
「うわぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜」
「お前、よっぽど惣一郎さんに気に入られたんだな・・・心からお悔やみ申し上げるよ」
「て!お悔やみ申し上げてる場合かっ!助けろよ!!・・ちゅうか、お願いだから助けてぇ〜〜(泣)」
「ばうばうばうばうばう〜〜ん♪」
またもや犬夜叉を押し倒し、妙な動き(笑)を見せ始める惣一郎さん。
そうして一頻り盛り上がった?ところで、「惣一郎さーーーん」とリビングの方から呼ぶ小春の声に惣一郎さんはやっと退散した。
「うぉ〜ぬぉ〜るぇ〜〜妹ぉ〜〜!!!人の恋路を邪魔する奴は天誅じゃあああ!!!(ぜーはーぜーはー)」
怒髪天を衝く勢いでリビングに討ち入らんとする犬夜叉を、弥勒はどこ吹く風で見送り、早速キーボードをパタパタと打ち始めていた。
ダダダダダッともの凄い剣幕で討ち入った犬夜叉の予想に反して、リビングには穏やかな雰囲気が漂っていた。
柔らかなコーヒーの香りが鼻をくすぐり、テーブルの上にはケーキが二個置かれていた。
「さっきはごめんなさいね、折角持ってきてくれたケーキ、惣一郎さんに食べられちゃって・・・」
「あ・・え?・・い、いや・・そんな・・・」
“食べられちゃった”じゃなくて“食べさせた”んだろうがっ・・と心の中で毒づくが、結局は小春の笑顔に負けた形だ。さすが弥勒妹。
「さっき別に新しいのを買ってきたから、一緒にどうかと思って・・・」
小春はそう言いながら、否応なく犬夜叉の前にコーヒーカップを置いた。
「まったく、折角遊びに来てくれたのに、お兄ちゃんてばお友達のこと放ったらかしてまた仕事なんだから・・・あ、でも心配しないで?私がちゃんと相手してあげるから♪洗濯も終わったことだし」
言葉に妙な抑揚がついているように聞こえるのは気のせいか?
それと、小春の後ろの窓から男物のパンツが10枚ほどこれ見よがしにぴらぴらと風に靡いているように見えるのは気のせいか?
犬夜叉はげっそりしながらコーヒーカップを手にするが、小春の口はそう簡単には塞がらない。
「それにしても、こんな天気の良い日曜日にわざわざむさ苦しい男友達のウチに遊びに来るなんて・・・カノジョが怒るんじゃないの?」
「・・カノジョなんて居ないよ・・・」
「えええ?本当?こんなにカッコイイのにぃ???」
「え?カッコイイことなんかないよ」
「うーん、でも確かに犬夜叉サンはカッコイイというより、色っぽくてカワイイ美男子って感じよねぇ♪」
ほっといてくれ。
犬夜叉は一瞬ムッとしてコーヒーカップに口をつけた。
「ねえ!案外犬夜叉サンがウチのお兄ちゃんのカノジョだったりしてねッ!?」
ブーーーーーーーッ!!!
(注:コーヒー)
「こ、小春ちゃん、面白い冗談だね、ア・・アハハハハ・・・・・(泣)」
頬をぴくぴくと引き攣らせながら犬夜叉はテーブルに広がったコーヒーの海を布巾で拭う。
「小春ちゃんこそ、す、好きな人とかいるんじゃないのかな?」
さり気なく話題転換。のつもりだったが・・・
「私?私はお兄ちゃんさえ居ればそれでいいのv」
逆効果だった。
「あはははは、兄妹仲が良くていいねえ・・・」
犬夜叉も負けじと反撃する。
「ええ、そうなの。すごく可愛がってもらってるから。血の繋がってない兄妹なのにこんなに仲が良いって珍しいでしょう?」
「え?・・今何て???」
「あら知らなかった?私とお兄ちゃんって、それぞれの親の連れ子なの。両親の再婚で形式上兄妹になっただけ」
勝ち誇ったように衝撃の事実を告げる小春に、犬夜叉は頭がクラクラしてきた。
「だから私、その気になればお兄ちゃんの子供だって産めるのよ?」
「!!!!!」
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
「弥勒ーーーーーッ!!」
書斎のドアを乱暴に開ける犬夜叉。
「お前ってヤツはッ・・・仮にも兄妹だと言うのに、妹の子供を産むつもりかぁぁぁ!!?」
「は?」
メガネをかけてパソ画面を睨んでいた弥勒は、混乱の果てに自分でも何を言っているか判らないであろう犬夜叉へと振り向いた。
誰が産むんだ、誰が。
「聞いてないぞっ俺は!お前が小春ちゃんと結婚するなんてっ!!!」
くだらんとばかりに、弥勒は再びパソコンへと向き直ると煙草に火をつける。
「うるさいから静かにしろ」
「ひ、ひどい・・弥勒・・俺とのことは全部遊びだったんだね・・・(めそめそ)」
次の瞬間、チッという軽い舌打ちの音が聞こえたかと思うと、肩を掴まれ、身体をぐいっと壁に押さえつけられていた。
眼鏡を取った弥勒の顔が目の前にあり、かなりご機嫌斜めの表情。
「うるせぇっつってんだろ?」
だって――――
と、反論しようとして出しかけた言葉が弥勒の口に吸い込まれた。
煙草の香りがふわっと鼻を掠めたかと思うと、犬夜叉は唇を乱暴に押し広げられた。
「ンッ・・バ・・・」
バカ。
唇が僅かに離れた隙にそう苦情を言おうとするが、それも敢え無く弥勒の舌に絡め取られた。
「・・・っ、ン・・・」
わざとなのか、こんな時にひどく厭らしいキスの仕方だった。
舌と唇を器用に動かしては啄ばみ、絡め取りながら、弥勒は濡れた音を響かせる。互いの口の中に唾液が溜まってくると、更にそれを交換し合うように激しく舌を動かしてかき回した。それから、どちらのものとも判らぬ唾液に塗れた犬夜叉の舌を思い切り吸い上げて・・・
まるで甘いチョコレートが口の中で溶けていくように、二人の舌も縺れ合いながらとろとろと蕩けてしまうのではないかと思われた。
だから、弥勒の唇が離れていった時、思わず舌を出したまま、とろんと名残惜しそうな瞳を向けてしまった。
「そんなによかった?」
意地悪そうな弥勒の顔を見てはっとする。
「バカ!」
「バカはお前だろう?小春に何ふっかけられたか知らねえけど、少しは頭冷やせ」
「うっ・・・・・」
確かに、小悪魔小春の陰謀?にすっかり翻弄されてしまっていたが、よくよく考えればそんな嫁いびり?にまんまとハマッてしまい、弥勒に当り散らす自分も自分だ。
だけど・・そうではあるが・・・
だからと言ってこの現状に何の光明が差したわけでもなく。
「バカとは何だバカッ。折角来てやったのに・・こんな目に遭うなんて。せめてお前くらい、もう少し・・その・・・優しくしてくれたって良いじゃないかっ」
「バカってお前が言ったんだろ?バカ。俺に優しくして欲しけりゃ少しは大人しくしてろ!」
「ひっでぇ!!信じらんねぇ!!てめえ何様だと思ってるんだ!?もぉ付き合ってらんねえ!帰るぞ俺はっ!!」
息巻く犬夜叉に、弥勒は至って平然として再びパソコンに向かい、キーボードを打ち始めた。
「おい、聞いてんのかよ弥勒っ!」
「・・・・・・」
「もぉ、帰るからな!!(怒)」
「・・・・・・」
「帰っちゃうぞ!(いいのか?ホントに?)」
「・・・・・・」
「帰っちゃうからな俺?(てゆうか止めるだろ?フツー)」
最後は一体誰に聞いてるんだか疑問符がつくくらい小声になって、つれない弥勒の背中にぼそっと呟きかける犬夜叉。
・・・どうしろって言うんだよぉ。
ドアを開けて出て行くどころか、犬夜叉はそのまま部屋の隅にごろんと横になった。
・・・あんなにイヤらしいキスしやがって。
身体を二つに折り曲げ、膝を抱えて小さくため息をつく。
中途半端に火をくべられて、そのまま帰れるわけがない。
生々しいキスの感触は犬夜叉の血液と共に密やかに体中へと廻っていった。
窓から空を見上げると綺麗な青空が、高く、遠く、広がっている。犬夜叉は抜けるような秋空を見上げると、ふと遣る瀬無い寂しさのようなものを感じた。
くすぶったままの身体が何を求めているかは明白だった。
でも、ここに居たって弥勒は仕事だし、あのブラコン妹は夜だって寝ないで見張っているだろうし、たとえ深夜にこっそり抱き合ったとしても、あの妹なら惣一郎に命じておいて少しでも怪しげな気配でもしようものなら速攻襲撃させるくらいのことはするはずだ。惣一郎も乱入して3P・・いや、あいつは犬だから2P+1D(one dog)か?・・それを言うなら俺も犬だけど・・・とにかく、いくらココの管理人がヘンタイだからって(笑)そんな展開は絶対に御免だ。
「帰らないのか?」
「え・・・?」
こてんと横になったまま取り止めもなく案じていると、不意に弥勒がパソ画面に向かったまま口を開いた。
「帰らないのか?って聞いてんの」
「・・・・・・」
明らかに確信犯だった。
解かってるくせに。わざと言わせたいんだろう、俺に、ヤらしいコトを。
犬夜叉はその手に乗るもんか!と、プイッとそっぽを向いた。
真面目くさって眼鏡なんかかけてパタパタ仕事してるフリしやがって。頭ん中エロいコトしか詰まってないの知ってんだからなっ。
「解かってるって」
意外にも優しげな言葉が返ってきた。でも騙されるわけにはいかない。
「解かってるって!何が!?」
犬夜叉も振り向かずに怒鳴る。
「お前の考えてること」
「・・・何だよ、俺が何考えてるって言うんだよ?」
「図星指されると怒るじゃんお前」
「なっ、お、俺は別に――――」
人のことを見透かしたような台詞にムッとして振り向くと、弥勒はキーボードを打つ手を休めて犬夜叉の方へと向き直っていた。
「今帰ったら損するぜ?」
「・・・何だよそれ?」
「心配するなって、続きはちゃんとヤッてやるからさ。惣一郎さん抜きで(笑)」
「お、俺は別にそんなコト心配してるわけじゃ・・・」
反論をしようにも、弥勒はまたパソコンに向かってしまった。悔しいけど、どうせ弥勒にはお見通しなんだろうから、もうどうでもいいけれど。
そう思って、恨めしげに弥勒の背中を見つめた。
弥勒が真面目に仕事をしている姿はたまにしか見たこと無かったが、それでも何かを本気でやる時は弥勒がとてつもなく真剣になることを本当は犬夜叉だって知っている。
弥勒はもう灰皿に置いた煙草へ手を伸ばすことすら忘れてひたすらキーボードを叩いていた。
そんな弥勒の背中を見ているうちに、胸が痛くなった・・・
もしかして、俺って弥勒のことが好きなのかな?
思わずそんな風に思ってしまう自分を見出して、内心苦笑する。
<もしかして>って・・・何を今更。
犬夜叉は不意に立ち上がって弥勒の背後まで歩み寄った。
「?」
その気配に振り向いた弥勒に、ちょっと怒ったように一言。
「寒い」
そして、椅子に掛けてあった弥勒のパーカーを手に取り、再び元の場所でごろんと横になった。大して暖かくもない薄い綿のパーカーを被って、犬夜叉はまた窓を見上げた。秋の空は本当に何も無い。ただ青いだけで。雲ひとつ無い。
そんな犬夜叉に、弥勒はもう何も言わず、ただ軽く微笑んだだけだった。