聖夜のおしごと
「遅いぞ、直江っ!」
いつもの取りすました直江の顔を見るなり、高耶は文句をぶつけた。
大体、どうしてこんな場所で待ち合わせなきゃならないのか。
クリスマス仕様にライトアップされた街角は、さっきからやけに身体を密着させた恋人たちしか通らない。
イブの夜にこんなところで独り待つ身にもなってみろというものだ。
「すみません、高耶さん。寂しい思いをさせてしまいましたか?」
「そういう問題じゃねえ。って、いきなり抱き寄せんなバカ!」
公衆の面前で堂々と高耶の腰を引き寄せようとする直江に、高耶はどきりとしながら抗った。
「だめですよ、これも作戦なんですから」
「作戦? そうだ、今夜もまた調伏なんだろ? 相手はどこだ?」
いつものように怨霊調伏を理由に呼び出された高耶である。
それにしても、街は怨霊の類とは似つかわしくない華やかな雰囲気だ。
こんなところに一体どんな怨霊が出るというのか。
「今回の仕事は、調伏というか、怨念の浄化です」
「怨念の浄化?」
「ええ。あなたにはわかりませんか、今宵、この街に渦巻く数多の男女の怨念が…」
「……」
直江の言うことがいまいちよくわからない高耶は首を傾げる。
「怨念というのは、死人のものとは限りません。生きている人間が知らず知らず怨念を垂れ流していることもあるんです」
「この賑やかなクリスマスイブにか?」
「皆が皆、恋人と幸せなイブを過ごしているわけではないということですよ」
おまえが言うなと、高耶は内心つっこみたくなった。
どうせおまえは食いっぱぐれたイブなどなかったんだろうが、と。
だが、直江は神妙な様子で話し続ける。
「恋人のいない者、クリスマスを前に恋人と別れた者、恋人がいても何らかの事情でこの聖夜に合体できない者…」
が、合体!?
妙なスイッチが入りかけている気がして高耶は慎重に直江の顔を見つめるが、直江は真顔を崩さない。
「そんな不幸な者たちの怨念が、今この街を覆い尽くそうとしているんですよ」
「そ、そうか…?」
そう言われても、高耶にはぴんとこない。
だが、ありえないことではないだろうと思う。
華やいだ街を暖かい格好で楽しそうにに歩く者など、実際はほんの一握りなのだ。
寂しく凍えそうになる思いを抱えてイブを過ごしている者が本当はどれだけ多いか。
自分もそんなイブを過ごしたことがあるから、わかる。
「不特定多数の凝り固まった怨念はやがて意思を持ち、恨みを晴らそうと攻撃性を帯びてくる。一見、平和そうに見えるこの街は、今、一触即発の危機に面していると言っても過言ではないんです」
なるほど、と高耶は頷いた。
「これを見て下さい」
直江がコートのポケットから取り出したのは、梵字の書かれた木製のお札だ。
「このお札には特殊な呪が施してあり、怨念を吸収する力を持っています」
「つまり、このお札を持って街を歩き回れば、怨念を掃除できるってわけだな」
「そういうことです」
なんだ、案外簡単なんだなと、高耶は右手を差し出した。
「何ですか?」
「オレにもひとつ寄こせよ。手分けして動いた方が効率良いだろ?」
「あなたはまだわかっていないようですね」
呆れたように首を振る直江に、高耶は少しむっとする。
「恨みの念が向かう先は幸せそうに寄り添う恋人たちですよ」
「だから?」
「だから、私たちも二人で、恋人同士のように街を歩かないといけないということです」
「なっ、何ぃぃ!?」
聞いてないぞ、そんなこと。
と言うか、そんなことなら、男のオレを呼び出すより、綾子ねえさんを呼んだ方がよっぽどいいじゃないか。
そう抗議すると、直江はあっさり否定した。
「晴家はだめです。私がその気になれません」
「そういう問題かっ。てか、オレならその気になれるってのかよ!?」
直江はにっこりと微笑を返した。
引きつった笑みを浮かべる高耶を直江が促す。
「さあ、行きますよ、高耶さん」
「うっ…」
「生き人を守るのが私たちの使命でしょう? 人々の幸せを守らなくては」
「そ、そう…だな…」
仕方なく歩き出した高耶に、直江が問いかける。
「手を繋ぐのと、肩を抱かれるの、どっちがいいですか?」
「えっ!?」
「怨念を引き寄せるには、妬まれるくらいラブラブのカップルにならなくてはなりませんからね。あ、腰を引き寄せるというのもありますけど…」
「…腰はやめてくれ」
げんなりする高耶の横で、直江はどこか楽しげだ。
苦渋の選択で「肩」を選ぶと、直江はいやに慣れた手つきで高耶の肩を抱き寄せた。
「本当にこんなんで怨念収集できんのかよ…」
「大丈夫ですよ。今夜はちゃんと人が羨むようなコースを準備していますから」
「コース?」
「はい。先ずはブランドショップでプレゼントを購入、それからフレンチレストランで最上級のコースディナー…」
フレンチと聞いて身構える高耶に、直江は「心配要りませんよ」と微笑んだ。
「個室を予約してありますから、気兼ねする必要はありません」
「そ、そうか」
「食後は港まで少し歩いて船に乗り、夜景を眺めながらクルージングでも楽しみましょう。それから海に面したホテルの最上階のラウンジで休憩するのはどうですか? 今夜は特別にカクテルをおごってあげますよ」
「え、マジ?」
いつも子供扱いされてばかりの高耶だから、たまにこんなふうに大人の特権を許されるとつい気持ちが緩んでしまう。
「あ、いや…これも、“仕事”だよな、“仕事”…」
「そうですよ。ですから、ほら、もっとちゃんとくっついて下さい」
「あ、ああ。こう…かな?」
「ええ、いい感じです。今夜は街中で一番幸せな恋人同士を演じなくてはなりませんからね」
「ああ、頑張らないとな。なんたって、この街の平和がかかっているんだから」
睦まじく寄り添う男二人がイブの夜の街に消えていく…。
これは本当に仕事なのか? ただのクリスマスデートなんじゃないのか? そう高耶が疑問を抱くのは、もう少し後になってからのことなのであった。
●あとがき●
ああ、高耶さん…。きっと気づいたらスイートルームのベッドの上ですよ。「高耶さんイブの夜に泥酔で大ピンチ!その時狂犬は…」編(笑)は、気が向いたら書くこととして…、イラストの背景。神戸です。特に神戸らしくもないんですが、イラストに合わせられる写真を探したところ、これくらいしかなかったので。たまたま神戸になったわけですが、お話も一応神戸をイメージしています。
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