サンタクロースは天邪鬼






東京に越してきてもう一年以上経つのだが、いまだにこの人の多さには慣れない。

先週も、譲が観たい映画があるとか言うので、夜、渋谷で待ち合わせたのだが、先ずあの人波に高耶は酔ってしまった。

夜だというのにあの人の多さは何なのだ。
駅前や駅周辺の道では、うっかり立ち止まることもできない。

そう言ってぼやくと、譲の奴に「田舎もんだなぁ、高耶は」と言われた。

同じ松本生まれの松本育ちの譲にそんなことを言われてむっとしたが、確かに譲はもうとっくに東京の雰囲気に慣れ親しんでいるようだ。
若者が多く集まる街はひと通り熟知しているから驚く。

そのくせ、どういうわけか彼女を作らない。

自分のことより、高耶のことが気になって仕方ないようだ。
定期的に、買い物や居酒屋に高耶を連れ回しては、直江とはうまくやってるかとか、仕事はきつくないかとか聞いてくる。

相変わらずの小姑っぷりにいささか辟易するものの、グチを零したり、たまには高校生の頃のように無邪気にはしゃぎ合ったりできるのは、高耶としても貴重な時間だった。

直江とはまた違う意味で、かけがえのない存在なのだ。

そんな譲が、クリスマスパーティーをやろうなどと言い出した。

今年のクリスマスは直江と家で静かに過ごそうと考えていた高耶は快諾できずに口ごもった。

「あ、そっか…そうだよな。高耶は直江さんと二人っきりでラブラブのクリスマスを過ごしたいよな?」

そんなことを言われると、ついむきになって否定したくなる辺り、高耶もまだまだ青い。

「なっ、んなわけあっかよ。野郎同士で何がラブラブのクリスマスだ」

「じゃあ、やる? パーティー。俺、高耶にクリスマスプレゼント持って行くよ」

何やら罠にかかった気がしなくもないが、こうして、イブの夜に、高耶と直江の住むマンションでクリスマスパーティーを開くこととあいなってしまったのである。

そして、譲がプレゼントをくれると言うからには、高耶も何かしら用意しないわけにもいかず、仕事帰りに高耶は今、池袋の東急ハンズに来ている。

クリスマスを翌週に控えた週末だけあって、店内は楽しげなクリスマスソングが流れ、プレゼントを買い求める男女で溢れ返っている。

苦手な人ごみにうんざりしながらも律儀に各階をほぼ隈なく見て回り、ようやくプレゼントを買い終えた高耶は大きな荷物を抱えて下りのエレベーターを待っていた。

ポンと軽やかな音がして扉が開き、一歩踏み出した時、荷物で前がよく見えずに、エレベーターから降りてきた人にぶつかってしまった。

「すみません…」と謝ろうとして、見上げた顔に高耶は思わず素っ頓狂な声を上げた。

「直江っ!?」

「奇遇ですね」

こちらも何やら紙袋をたくさん手に提げた直江が、そこに佇んでいたのである。





「随分いっぱい買い込んだな」

直江の車に乗り込み、後部座席を埋め尽くす荷物を見て高耶が呟いた。

どこかで食事でも…と直江は誘ったが、荷物も多いし、雑踏に疲弊していた高耶は家に帰って食べたいと言った。
車はマンションのある東京東部のウォーターフロントへと向かう。

「晴家から連絡がありましてね。イブのパーティーは長秀と一緒に来るそうです。お酒と食べ物は持参するから、部屋をクリスマスらしくしておいてくれと言われまして…」

「クリスマスツリーか?」

「ええ。ツリー本体はさすがに配送してもらうようにしましたが、オーナメントとか、パーティーグッズとか色々…」

「まったく、いい年こいてクリスマスではしゃぐのもどうかと思うがな」

ハンドルを握る直江がちらっと助手席の高耶を見遣り、くすりと小さく笑った。

「何だよ、何笑ってんだよ?」

「いえ。そう言う割には、高耶さんも結構色々買ったようですが?」

「あ? ああ…仕方ねぇだろ。譲に何か買わなきゃならなかったし…そうなると、譲にだけ買うってのも何だし。美弥にも、一応親父にも…と思ってさ」

照れ隠しのつもりか、ぶっきら棒に言う高耶に、直江は目の下に優しげな笑みを刻む。

「何を買ったんですか?」

「譲には湿度計付の室温計。あいつ、人のことばっか気遣うくせに、この間風邪ひいたとか言ってたからさ。部屋の中の温度と湿度に気をつけるようにと思って。胡桃の木でできたやつで、カッコいいんだ。あいつきっと気に入ると思う」

「美弥さんには?」

「来年から美弥も社会人だから、名刺入れを買ってやった。迷ったんだけど、あまり女ものっぽくない、シンプルで、しっかりとした作りのやつにした。その方が長く使ってもらえそうだろ?」

「ええ。きっと大切にしてくれますよ」

「親父にはWiiを買ったんだ」

「Wii、ですか?」

直江は少し意外そうに目を丸くした。
ひとつだけ交じっているビックカメラの紙袋がそれだったようだ。

「最近、昔の飲んだくれが嘘のようにすっかり仕事人間になっちまったからな。少しは家で息抜きでもした方がいいと思ってさ。ほら、身体動かせるスポーツ系のゲームとかもあるし」

「いい親孝行になりますね」

「仕方なく」などという割にはあれこれ考え抜いてプレゼントを買ったようだ。
人が多い中歩き回って疲れたように見えるが、どこか満足げな表情をしている。

「それとさ。お袋にも何か贈ろうかと思ったんだけど…もうあっちに家庭があるのに、オレからものを贈るのも何か気が引けてさ、クリスマスカードに入浴剤を添えて贈ることにした。さっきの店、色んな入浴剤があったんだ。女の人ってああいうの好きだろ?」

「そうですね。お母さん、きっととても喜ぶでしょう」

ひと通り買い物の内容を説明すると、高耶は窓の外へ視線を移した。
本当はもうひとつ買ったものがある。
直江へのプレゼントだが、それはまだ内緒にしておこうと思った、その矢先。

「じゃあ、あのジグソーパズルは、やはり私へのプレゼントですか?」

と言われ、高耶はびっくりして直江を振り向いた。

「お前! さては…見てたな?」

直江は目尻を下げ、「すみません」と微笑交じりに詫びる。

直江へのプレゼントは一番悩んだ。
持ち物にこだわる直江は、大抵のものは一流品を身に着けている。
そういう奴に贈るものを選ぶのは本当に困る。

あれでもない、これでもないと、店内をうろうろしている時に、高耶の目に飛び込んできたのがジグソーパズルの箱だった。
そこに描かれている淡い水彩タッチのイラストに目を奪われ、導かれるように箱に手を伸ばした。

青い海に突き出た岬。そこにぽつりと佇む小さな白い家…。

これだ、これがいい。
と、高耶はすぐに心を決めた。

最近、互いに忙しくて、休みの日もすれ違いになることが多かった。
だから、年末休暇は二人でジグソーパズルをしてのんびり過ごすのもいいだろう。

そして、出来上がったら額に入れてリビングの壁に飾るのだ。
そう思って、額も一緒に買った。

ここが二人にとっての「岬の家」なのだという思いを込めて…。

「ありがとうございます、高耶さん。最高のプレゼントです」

「ずりぃぞ、お前。折角クリスマスに渡そうと思ってたのに」

「すみません。別に後をつけてたわけじゃないんですよ。たまたま見てしまって。お詫びに、私からのプレゼントをひと足先にあげますよ」

「へえ、何?」

「右端の紙袋の中です。開けてみて下さい」

つい子供のようにわくわくしながら、高耶は言われた紙袋を取り上げ、膝の上に乗せて中の包みを解いてみる。

「な、何だ、これは!」

中から出てきた鮮やかな赤と白のベルベットの生地を広げて、高耶は唖然としてしまった。
袋を間違えたか、と一瞬思ったが、きっとそうじゃない。
この男なら、やりかねない…。

「何って、見ての通り、サンタクロースの衣装ですよ」

平然と言ってのける直江に、高耶は拳をぷるぷると震わせた。
百歩譲って、サンタの衣装は許せたとしよう。
だが、これはない。
これは…

「女ものじゃねえか!!」

肩を大胆に露出するチューブトップタイプのドレスは超ミニ丈だ。
それに、小さなケープが付いている。
襟元が紐で結べるようになっていて、紐の先には愛らしい白いボンボン。
それから、やはり先っぽに白いボンボンが付いたサンタ帽。

「Lサイズだから大丈夫ですよ。高耶さんなら着れます」

「そういうこと言ってんじゃねえ! 何でオレがこんな変態コスプレしなきゃなんねえんだ」

「別に皆の前で着ろとは言っていませんよ。ベッドの上だけでいいんです」

しゃあしゃあと言う直江に、高耶はブチリとキレた。

「ふざけんな! 大体、プレゼントっつうのは、相手を喜ばすためのもんだろ。オレがこんなもの着て喜ぶと思うか? 喜ぶのはお前だけだ!」

「ちゃんと高耶さんも悦ばせてあげますよ」

微妙に噛み合わない問答に、高耶は「ともかく絶対着ないからな!」と言ったきり、むすっとしてプイと顔を背けた。

まったく、人が疲れている時に追い討ちをかけるような真似しやがって…と、心の中でぼやいたが、実のところ言葉ほどには不機嫌でない自分を高耶はわかっていた。

シートに深く身を凭れさせ、窓外の景色を眺める。

街はところどころにクリスマスのイルミネーションが光っていた。
マンションのベランダをチカチカと派手な電飾で装っている家もある。

やさぐれていた頃の自分なら、クリスマスに興じる人々を鼻で笑ったことだろう。

でも今は、何だかんだ文句を垂れながらも、この華やかな街の空気にどこか暖かな気持ちになっている自分がいる。

幸せな人々。
幸せな季節。

たくさんのクリスマスプレゼントを乗せて走るウィンダムは、さしずめサンタクロースの橇といったところか。

プレゼントというものは、もらう者より、あげる者の方が幸せな気分になるのだと、高耶は初めて知った。

「怒っているんですか? 高耶さん…」

黙って外を眺め続ける高耶に、直江が不安そうな声で問いかけてくる。

「すみません、高耶さん。少し悪ふざけが過ぎました。プレゼントはまた別のものを買いますから、機嫌を直してもらえませんか?」

しばらく沈黙を守った後、視線を戻さずに、高耶はぽつりと呟いた。

「一回だけ、だからな」

「え!?」

と、驚いた声を上げる直江は、隣でにやけた笑みを零していることだろう。
奴のそんな顔を見るのが癪で、高耶が横を向いたままでいると、不意に首筋にチュッと軽い音を立ててキスをされた。

「バッ、カヤロー! ちゃんと前見て運転しやがれっ!」

心持ち頬を赤く染めて怒鳴る高耶に、直江は懲りない笑みを浮かべて囁く。

「素敵なクリスマスになりそうですね」

高耶は自分が手の中の衣装を着てサンタになる時のことを思い、ますます顔を赤らめた。







●あとがき●
ひたすら平和なクリスマスを書きたいと思ったら、だらだらしたただの妄想話になってしまいました。すみません。高耶さんはとても正気とは思えないし。本当に、いいんですか? 高耶さん…。サンタドレスですよ!? 知りませんよ? あの男にどんなヒドイコトされても…。
 


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