約束の眺めを、君に

後編







「景虎、ちょっと顔貸せ」

千秋がそう言って高耶を屋上に連れ出したのは、翌日の昼休みのことだ。例の幽霊騒動についての情報が掴めたとのことだった。

「三年前、確かにうちの学校に在学中に交通事故で亡くなった女子生徒がいたようだ」

そう言いながら千秋は一枚の写真を高耶に渡した。眼鏡をかけた、あまり目立たないタイプの生徒だ。その顔にそばかすがあるのを見てとり、高耶はこの女子生徒の面差しがどことなく昨日の由花里に似ていると思った。

「一ノ瀬幸那(いちのせゆきな)って子だ。夜、城山公園に行こうとしていたところを、暴走してきた車に轢かれたらしい」

聞いたことのある話に、高耶は眉根を寄せる。

「命日が近いから、活性化したんだろう」

「命日って、まさか、6月30日じゃ…」

「何だ景虎、知ってたのか」

グラウンドでサッカーをしている生徒たちを見下ろしていた千秋は、途端に高耶を振り向いた。高耶は厳しい顔で幸那の写真を見つめている。

「その事故についてはひとつ疑惑があってな。あれは本当は、事故じゃなくて事件だったんじゃないかっつう疑いが持たれていたそうだ」

「事件?」

「ああ。当時幸那には付き合っていた男がいたんだが、実はこいつが妻子持ちで、幸那にはそのことを秘密にして付き合っていたらしい。幸那が事故に遭う少し前から、こいつは、“妻にばれそうだから、いい加減幸那との関係を清算したい”って周囲に漏らしていたらしいんだ」

「まさか、そいつが幸那を?」

「どうだろうな。幸那の事故はひき逃げで結局犯人は捕まらずじまい。確固たる証拠も出てこなくて、結局はただのひき逃げとして処理されたんだが、もしも、事故が恋人の差し金だったとしたら…幸那が怨霊化する気持ちもわからなくはないわな」

自分は不倫の果ての子供で辛い思いをしてきたから、ちゃんと自分だけを大切にしてくれる人と幸せな家庭を築きたい…そう語っていた由花里の言葉が高耶の脳裏をよぎる。

「なあ、千秋。春日のうちって、どんな家庭か知ってるか?」

「春日? ああ、由花里ちゃんか。何だお前、由花里ちゃんのこと気に入ったわけ? 昨日あれからおデートしたらしいじゃんよ?」

耳ざとい千秋を高耶は無言でじろりと睨みつけた。景虎特有の鋭い眼光を浴びせられて、千秋は思わずたじろぐ。

「ま、まあまあ…そうだな、どんな家庭って…。そういや、あの子の父親って、有名企業の取締役とかじゃなかったっけ? 飾り気ない性格だけど、結構なお嬢様だったはずだぜ?」

それがどうした? と聞いてくる千秋に、高耶は黙り込んでしまう。疑念は確信へと変わった。昨日、家へと送る道すがら高耶と話をしたのは、春日由花里ではない。三年前に亡くなったという一ノ瀬幸那その人だったのだ。

「ともかく、怨霊騒ぎを放っておくわけにはいかねぇからな。何日か学校に泊り込んでりゃあ、姿現すだろ。そしたらとっとと調伏…」

「その必要はない」

千秋の言葉を遮り、高耶が毅然と言い放つ。

「一ノ瀬幸那は怨霊化しているのかもしれないが、決して悪霊ではない。当たり前の幸せを求めて、それを得ることができなかった…ただそれだけの不幸な霊だ。人に危害を加えたいわけじゃない。彼女は人の痛みがわかる人間だった。…だから、幸那はオレが弔って、浄化させる」

「景虎…」

雨雲の気配がする西の空を見上げながら、高耶は叶わなかった幸那のささやかな夢について考えていた。



午後になって降り出した雨は、下校時刻にはザアザア降りになっていた。梅雨時だというのに置き傘をしていなかった高耶は、窓際の一番後ろの席で頬杖をつき、恨めしげに校庭にできた水溜りを一頻り眺めていたが、やがて諦めて席を立った。

薄情な千秋は早々に帰ってしまったし、譲は部活で遅くなるらしい。何度か校門の方に視線を向けてみたが、見慣れた車がそこにあるわけはなかった。当然だ。昨日あんな言い合いをしたばかりだ。昇降口まで来た高耶はため息をひとつつくと、勢いよく雨の中を駆け出した。

「お兄ちゃん傘持ってなかったの!? 風邪ひいちゃうよっ」

ずぶ濡れで帰宅した高耶に、美弥が慌ててタオルを差し出してくる。

「ああ、悪いな。すぐにシャワーを浴びるから大丈夫だ」

脱衣所で濡れて重たくなったシャツを脱ごうとしていると、美弥が「そうだ…」と思い出したように声をかけてきた。

「さっき、直江さんから電話があったよ」

ボタンにかけた高耶の手がピクリと止まる。

「…何か、言ってたか?」

「別に。また電話するって。でも、何だかお兄ちゃんのことを心配してたみたい。変わった様子はないかって、聞かれたけど…特にないって答えといたよ」

オレはあいつに何も求めてはいない…あれから、何度もそう自分自身に言い聞かせてみた。「傲慢」だと詰る直江の声がその度、耳に蘇った。シャワーに打たれながら、心の中で高耶はそんな直江の声に答える。ああそうだ、オレは傲慢だよ、と。直江が自分に接するように、他の人間にも接しているのかと思うとたまらなくなる。許せなくなる。直江がふしだらなことをしているからじゃない。そんな道徳観念で奴を怒っているんじゃない。この感情はもっと醜く、タチの悪いものだ。

あの優しさを、あの穏かな声を、自分だけに寄せて欲しい。あれは自分だけのためにあるものだと言って欲しい。これを傲慢と言わずして何と言うんだ。高耶は口もとに自嘲の笑みを浮かべた。だけど、わかっていても、心は求めてしまう。この気持ちは一体何なんだ。何でオレはあいつをこんなに独占したいんだ。景虎? 景虎の記憶が戻ったら、そんな気持ちの正体もわかるのだろうか…。

「直江…」

強い雨に打たれて芯まで冷えた身体は、熱いシャワーを浴びてもなかなか温まらない。高耶は両手で自分の肩を抱き、その名を口にしてみた。無性に今、その声が聞きたかった。

シャワーから上がった後、濡れた髪を乾かすのも後回しにして、高耶は電話台の前に立った。受話器を取り、プッシュボタンの「0」に手を伸ばして、しばらくそのまま指先でボタンに触れ続けてから、ふと手を引っ込めた。何だかとても怖い。昨日みたいに突き放されるんじゃないかと思うと、その先の番号を押すことができなかった。

その夜、高耶は布団に入っても眠れずに、随分長い間外で降りしきる雨の音を聞いていた。何度目かの寝返りを打った時、ふと幸那のことを思い出した。自分と同じように、愛情に飢えた幸那。幼い頃に辛い体験をした子供は、人の優しさにこんなにも弱くなるものなのだろうか。裏切りにも気づかないほど、盲目的に温もりを求めてしまうものなのだろうか。

30日は晴れるだろうか。そう考えて間もなく、高耶はまどろみの中に落ちていった。



丸二日降り続けた雨は、その日の夕方になってやっと止んだ。幸那の誕生日の太陽は、だいぶ西に傾いてからその黄金の輝きを雲間に見せた。

高耶は学校から一旦帰宅して、待ち合わせ時刻に間に合うように家を出た。公園の入口まで来ると、「城山公園」と書かれた大きな看板の前に由花里が立っていた。「お待たせ」と高耶が挨拶すると、由花里は「今来たばっかりだよ」と言って微笑んだ。

雨雲はすでに散り、東の上空に満月に近い月がかかっている。月明かりに照らされた人気のない道を、展望台の方へと並んで歩く。

ここで由花里に取り憑いた幸那を成仏させられなければ、沙織の語った噂通り、怨念の赴くまま男を呪い続け、被害が大きくなるかもしれない。力もろくに使えない自分に本当に幸那を鎮めてやることができるのか。でも、やってみるしかない。幸那を成仏させてやりたいという自分の気持ちに、嘘はない。高耶は少し緊張した面持ちで歩いていく。

「わがまま聞いてくれて、ありがとう」

展望台の下まで来て由花里はそう言うと、高耶の左手を柔らかく握った。

「いや…オレもお前の望みを叶えてやりたいと思ったから、ただそれだけだ」

螺旋階段を上りながら高耶がそう答える。しかし由花里は途中で不意に足を止め、「本当かな」と呟いた。一段低くなった声の調子に驚いて振り向いたが、月明かりの逆光のせいでその表情は読み取れない。

「人が優しいのなんて、本当は見せかけだけなんじゃないかな」

「春日?」

「信じたって、裏切られるだけだよね…」

「春日…いや、幸那…」

立ち止まってしまった幸那へ近づこうと、高耶が数歩階段を下りた時だった。幸那が顔を上げ、突然憎しみのこもった眼差しを高耶に向けた。

「男なんて、皆、そう。…お前だって同じだろう? 上杉景虎!」

おどろおどろしい声になって叫ぶ幸那の両手が素早く高耶の首へと伸びる。

「!」

しまった! と思った時にはもう遅かった。幸那の手は女のものとは思えない力強さで高耶の首を締め付けてくる。抗う高耶は、幸那ともつれ合いながら階段を数段転げ落ちた末、幸那の下に押し倒された。月光に照らされた幸那の顔は、もう三日前に高耶と会話した幸那ではない。その形相は完全に悪鬼と化している。

「私を調伏するつもりだったのだろう? 優しくするフリをして近づいて、お前もまた私を殺す気なんだろう!」

高耶は息ができずに、もがいた。苦悶の中で、自分の甘さを痛感する。幸那は自分の正体を知っていた。彼女の背後で怨将が糸を引いていたのだ。

「私は二度と殺されない! 嘘つきな男なんかに、二度も殺されてたまるかあ!」

幸那の手に更に力がこもる。その手を何とか外そうと試みるが、苦しくて力が入らない。だめだ…このままでは、殺されてしまう。

「ゆ…き、な…」

懇願するように唇を動かすが、声は出ない。そんな高耶を見下ろして、幸那は狂人のように声を上げて笑っている。笑いながら、涙を流している。月明かりに光るその哀しい涙に薄いヴェールがかかるようにして、高耶の視界が霞んでいく。もう限界が近い、そう思った時…。

「バイ!」

という、力強い声が響いた。途端に、それまで圧迫されていた気道が緩み、肺が一気に空気を吸い込んだ。高耶は階段に身を投げたまま、激しく咳き込む。

続けて、「のうまくさんまんだ…」という、あの真言が聞こえてきた。振り向くと、階段の上り口に、印を結んだ直江が立っている。たった今まで高耶の首を絞めていた幸那は外縛され、身動きが取れず、恐怖に顔を歪ませている。

「や、めろ…」

荒い呼吸の合間に、高耶は掠れた声で叫んだ。

「高耶さん!?」

呼吸を整え、高耶はもう一度言う。

「やめろ、直江。…調伏の必要は、ない」

「しかし…」

高耶の身の安全を最優先にしたい直江は、印を結んだまま解こうとしない。

「大丈夫だ。彼女は、怨将に利用されて凶暴化しただけだ。本当はこんなことをしたかったんじゃないんだ。…そうだろ?」

口端に微かな笑みを浮かべて高耶はそう言うと、外縛され硬直した幸那の頬に軽く手を当て、直江の見ている前で、彼女の唇にそっと自分の唇を寄せた。

柔らかい唇がふわりと触れ合った瞬間、鬼女のように荒んだ幸那の顔が、仮面でも剥がれ落ちるように、元の柔和な表情に戻っていく。由花里の顔は、やはり写真で見た生前の幸那の顔にどことなく似ている。美人ではなくても、飾り気のない清楚な容貌は、彼女の内面の純朴さをよく表していた。

口づけで直江の外縛も解かれた。高耶は幸那の手を取り、まるで幼子に言い聞かせるように穏やかに告げる。

「ここの夜景見るのが夢だったんだろ? 一緒に見よう…」

待っていてくれ、と下にいる直江に目で訴えてから、高耶は幸那と螺旋階段の続きを上りだした。

直江は階段下からそんな二人をじっと見つめる。仰木高耶という人間と出会って二ヶ月弱。彼には驚かされることばかりだ。景虎の記憶を失くして、ただのやんちゃな高校生をしているかと思えば、記憶も力もないくせに、唐突に以前の景虎と寸分違わぬ天性の素質を見せつける。

そんな高耶に直江は時折、畏怖や憎悪を覚えもしたが、以前の景虎とは違う、十七年間を仰木高耶として生きてきた高耶のその高耶らしさに、新鮮な感動を抱かずにはいられなかった。

直江の不貞を嫌悪する若さゆえの純真さや、それはただの傲慢だと暴かれて、うろたえ、傷つく青い心。そして、今見せた弱き者への優しさも、世間から爪弾きにされ、肩肘張って生きてきた彼がその多くの痛みの中から生み出した賜物ではなかったか。

直江の視線の先で、展望台に上った二人が寄り添い、眼下の夜景を見下ろしている。何を話しているのか、幸那が手すりを握ったまま高耶の方を何度か振り向き、肩を揺らしてクスクス笑っている。長い間そうしていたが、やがて高耶が幸那の肩に手を回し、二つの影が重なった。月光に浮かび上がる、どこか幻想的なそのシルエットを、直江は遠くから息を殺して見つめ続ける。

程なくして、高耶が僅かに身体を離すと、由花里の身体からぼうっとほの明るく光る霧のようなものが離脱するのが見えた。それは由花里の頭上で小さく凝縮され、星のような輝きを放つと、松本の夜景を見渡すように上空でぐるりと円を描いた後、夜空高くへと舞い上がっていった。

「これで、見たかった眺めが、いつでも見られるな」

気を失って脱力する由花里の身体を腕に抱きとめながら、高耶が夜空を見上げて呟く。幸那の魂が天に昇っていくのを見届けてから階段を上ってきた直江が、高耶の腕から由花里の身体を引き取り、床の上にそっと横たわらせた。

「どうしてここがわかったんだ?」

隣に歩み寄ってきた直江に、高耶が問いかける。

「あなたの家に電話したら、一度帰宅してからまた出かけたと言われ、嫌な予感がして、長秀から聞き出したんですよ」

夜景を見下ろす直江の表情に、先日見た冷酷な色はない。高耶の胸のわだかまりもいつの間にか氷解していた。

「来てくれて、ありがと、な。助かった」

小さな声でそう口走る高耶に、直江は軽く微笑んだ後、目を細め、口もとに苦いものを浮かべて言う。

「彼女のこと、好きだったんですか?」

「なっ、んなわけあっかよ。バッカじゃねえの!」

子供っぽい反応を返す高耶に、直江は薄く作り笑いを向ける。

「キスしたの、初めてだったんですか?」

月明かりに照らされた高耶の頬が少しだけ赤くなった。

「うっせえよ。悪かったな、拙いキスで!」

「教えてあげましょうか…?」

え? と高耶が目を上げると、間近に覗き込んでくる直江の真剣な眼差しとぶつかった。

「…大人のキスの仕方」

顔を寄せて低く囁いてくる直江に、一瞬呆けた高耶が驚いたように目を見開いた時――。プップーとタイミングを見計らったようなクラクションが夜のしじまをかき乱した。

「長秀ですよ。奴にも来るように言っておきましたから」

眉間に皺を寄せ、公園の入口の方をどこか怖い顔で睨みながら直江が説明する。

「遅かったじゃないか」

少しして展望台の上まで上ってきた千秋は、ご挨拶な直江の台詞に肩を竦めた。

「おめーが来るっつうから、俺はヒーロー役を泣く泣く譲ってやったんだぞ。俺様に感謝しろ。そんで? その様子じゃ、やっぱり怨将絡みだったようだな」

高耶の着崩れたシャツを見て千秋が言った。

「ああ。心当たりはあるか?」

「さあな。きっとまた織田辺りだろう。命日が近づいて活性化していた幸那の霊に暗示かけて利用したに違いねえ。“上杉景虎がお前を調伏しようとしているから、隙を見て奴を始末しろ”とな」

千秋は直江の隣に立ち、眼下の夜景を見下ろしながら事件を振り返る。

「幸那が由花里に取り憑いたのは、生前の面影がどことなく似ていたからだろうな。由花里はたまたま景虎のお前に思いを寄せていたし、ちょうど都合がよかったんだろう。俺がお前の代わりにラブレターの返事をしてやった時はそんな気配なかったから、取り憑いたのはその後だ。この千秋様の目はごまかせないが、力を失くしてる今の景虎ならあわよくばたばかれるとでも考えていたんだろうよ。ま、それは当たりだったがな」

「つうか千秋! 元はと言えば、お前が勝手に春日にOKなんて返事をするから、話がややこしくなったんじゃないのかっ!?」

「え? そうだっけ? アハ、アハハハ…」

「聞き捨てならんな、長秀。お前、高耶さんを女子生徒と付き合わせようとしていたのか!?」

主従揃って怖い目で睨みつけてくる二人に、千秋は引き攣った笑みを浮かべながら後ずさる。

「じゃ、じゃあ俺は由花里ちゃんを家まで送り届けてくっから。ついでに、アフターサービスで記憶操作もしといてやるよ。ったく、こんなところで野郎同士の夜景ウオッチングなんて、俺ぁ御免だぜ!」

そう捨て台詞を残すなり、千秋は由花里を抱きかかえて、そそくさと階段を下りていってしまった。その場に直江と二人きりで取り残されると、高耶は話したいことがあったはずなのに、何も言えなってしまう。二人並んで、黙したまま、目の前に散りばめられた無数の輝きを目に焼きつける。

「女性関係は、今後自重します」

直江がぽつりと呟いた。高耶は驚いて直江の顔を見上げる。月はいつの間にか中天近くに昇りつめ、彫りの深い直江の横顔に濃い陰影を落としていた。

「…あなたのために」

高耶はますます驚いて目を丸くした。

「あなたは傲慢な人ですが、傲慢になる権利が、あなたにはあるんですよ。私にとって、あなたより大切な存在なんて、何もありません」

熱い告白のようなその言葉に、高耶は苦しそうな表情で口を開く。

「そんなの、オレを理由にされたって…」

「逃げないで下さい」と、直江は咎めるような口調で言う。

「あなたは、私があなた以外の人間に向くことに不快を覚えた、そうでしょう?」

高耶は黙っている。肯定はしたくないが、否定もできない。

「だったら、逃げないで、その感覚に責任を持って下さい」

「責任なんて…取れるかよ、そんなもの」

「あなたの心の片隅に小さな十字架を置いて下さい。今は、それだけでいい…」

強欲な支配の代償。それが見えない十字架だというのか。

高耶はアルプスから吹いてくるまだ少し冷たい風に吹かれ、瞳を閉じた。瞼の裏には幾千の光の粒が焼きついている。瞼が記憶するこの光景は明日にはまた別の眺めになっていることだろう。それはどんな眺めなのだろうか。明後日には…一月後には…一年後には…。

そんな高耶の思いを読み取ったように、直江が静かに告げる。

「あなたの瞳が映すどんな眺めも、私はあなたの傍でともに見ていきます。ずっと…。約束します」

高耶は目を閉じたままその言葉を受け止めると、十字架の分だけ重くなった体重を、直江の肩にそっと凭せて寄りかかった。







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●あとがき●

こんな話ですみません。何となく、直江の目の前で女の子にチュウする高耶さんが頭に浮かんだもので…。ああ、直高ファンにぶっ殺されそうですね。いや、私も直高ファンなんですが。何つうか、その、受けが女の子ともやっちゃうのってちょっとツボなんですよ。でも、男女モノに萌えるっつうわけでもなくて、女の子を口説いたり、女の子と寝たりするようなそういう普通の男が、男にやられちゃうっつうのがいいんですよっ(笑)。
でも、そういう意味では、景虎様が高耶さんに換生する前の宿体の話を読んでみたいと思ってしまう私です。例の美奈子さんの話ですね。直江との泥沼三角関係。ひえー楽しそう(笑)。
さて、この小話の中では、目の前で愛しの高耶さんのファーストキスを奪われてしまった哀れな男、直江信綱。彼としてはこの女子を十万回調伏してもし足りない心境だったことでしょう。かわいそうに。大丈夫だよ。原作ではちゃんと高耶さんのファーストキス奪ってるから。なんて、ファーストキスじゃなかったりして。そうだったら私もちょっとショック。
本当なら城山公園展望台からの夜景写真でも載せたいところでしたが、いかんせん、行ったことがないので、写真がありません。でも、松本はいつか行きたいですね。駅前マックでのフィレオフィッシュの洗礼は、やはりミラジェンヌとしては受けておくべき?
なお、今回も、「6月30日という設定は2巻と3巻の間(加助の後、仙台編の前)でよかったのか」とか、「2巻の直後にしては、高耶さんが直江に執着しすぎ」とか色々突っ込みどころはありますが、適当に読み流して下さい。