折り鶴のねがい
其三 狂犬と淫獣
「高耶さん…」
直江は半ば呆気に取られて見つめてくる。
「うるせぇ、もう何も言うな」
唇で言葉を封じながら、ネクタイを解く。
もどかしげにシャツのボタンを外し、上半身を裸にひん剥くと傷だらけの胸板が現れた。
ごくり、と唾を呑み込み、今度は自分のシャツに手をかける。
自身も裸になるや否や、高耶は直江の裸の胸にぴたりと覆い被さった。
素肌が触れ合った瞬間、二つの唇から細いため息が零れる。
もう言葉も交わさぬまま、ひたすら両の手の平で互いの肌をまさぐり、身体を確かめ合う。
この肉と、その中に流れる熱い血があれば、もう他に何も要らない。
高耶は本気でそう思えた。
二人でなら地の果てでも、どこへでも行ける。
どこへでも…。
その時、ふと高耶の脳裏をなにかが過ぎった。
忘れてはならない、なにかがあったような…気がする。
どこか遠くで警鐘が鳴っている。
なにかがオレを呼んでいる?
でも、次の瞬間、視界が一気に反転し、そんな思いもどこかへ消し飛んだ。
二つの身体はもつれ合うように廊下を転がり、直江が高耶の身体を上から押さえ込んで止まった。
「ほかのことなど考えないで。今は、俺だけを見て」
燃えるような瞳で高耶を見下ろしていたかと思うと、直江は慣れた手つきで高耶のベルトを外し、スニーカーごとジーンズを引き剥がした。
「すごい…」
下着まで剥ぎ取られ、露わになった高耶の股間に顔を寄せて直江が囁く。
「あなたのここは、今すぐいやらしいことをしたくてたまらないらしい。はち切れそうなほど膨れて、反り返っていますよ。ほら、もう少しで腹筋に付きそうなくらい」
言葉で煽られ、高耶は思わず腰を捩る。
切なくなるほど触れて欲しいのに、直江は見つめるだけだ。
ほとんど無意識にそこに伸ばした右手を、直江に掴まれた。
「この手は、こっち」
そう言って触れさせられたものに、高耶は一瞬ビクッとして手を引っ込めようとするが、直江は手首を強く掴んで放さない。
そこにあるのは、下ろされたジッパーからそそり立つ直江の一物だ。
熱い鉄の塊のようなそれを高耶は恐る恐る握り込む。
「自分でやる時みたいに、俺のを扱いて?」
目を閉じ、直江の言うなりに手をゆるゆると上下に動かす。
自分の肉体には触れないまま、従わされていることすらすでに快感だった。
「ああ、あなたのやり方はまだどこか拙い。でも、その拙いところがいい。あなたはいつもこんな風にしてイクのかと思うと、すごく感じますよ」
直江の生命を手の中で感じながら、扱く手のスピードを上げる。
頭の中で自分のものを扱いているイメージが重なり、直江のものを擦っているのか、自分のものを擦っているのか、次第に感覚があやふやになっていく。
「私のを触りながら感じているんですか? あなたの先っぽからいっぱい涙が溢れている。今日のあなたは泣き虫ですね」
「な、直江っ…」
視線で強請りながら直江を見上げる。
「堪え性のない人だ」
直江が身を寄せ、高耶のものと自らのものをぴたりと重ね合わせた。
直江の大きく硬い質感に、高耶がふるると震える。
「ほら、一緒に扱いて?」
二人分の性器を握り締める。
直江に手を添えられ、二人で高みへと駆け上っていく。
「はっ、あっ、なおっ…」
同じリズムを共有する互いの短く荒い呼吸と、粘り気のある湿った摩擦音が高耶を限界へと煽り立てる。
「も…イ、イク…なお、えっ」
「一緒に、イキますよ、いいですか?」
直江の手が一層激しく上下した。
高耶の身体は弓のように反り返り、内股の筋肉が細かく痙攣する。
「あ、も…だめ、イクッ……あ、ああっ!」
腰を高く突き上げた格好で、高耶は勢いよく精を迸らせた。
二人の精液が混じり合い、高耶のよく締まった腹の上に飛び散った。
その瞬間も、直江は手を強く握り込んだまま放そうとしなかった。
放出する直江の脈動が高耶のものに伝わってくる。
こんな状態では、イッてもまだ萎えそうにない…。
「初めて、ですね」
「え?」
「この部屋であなたとするの」
ああ、そうだった。
何をしに来たかと言えば、これからの生活に備え、この部屋を見に来たのだ。
ホテル代わりに立ち寄ったわけではない。
「ああ。でも、せめて先に部屋を見てからやりたかったけどな」
しかし、押し倒したのは高耶の方だ。
自嘲気味に苦笑を浮かべ、廊下に寝転がった状態で奥の方へ視線を向けると、かなり広そうなリビングが見える。
前の住人が先月退去したばかりというだけあって、当然家具もなく、ただがらんとしているようだ。
日除けのためか、窓にブラインドだけがかかっている。
「午後からインテリアを見に行きましょう。早くここで生活できるようにしないといけませんね。そしたら、この部屋の色んなところでセックスしましょう。ベッド、キッチン、シャワールーム、ソファーの上…ベランダもいいかもしれませんね。ここのベランダは結構広いんですよ?」
「お前なぁ…」
呆れる高耶に、直江はしれっとした顔で言う。
「何なら、今からやりますか? ベランダで」
「結構だ!」
「じゃあ、ここでしましょう」
直江が握り込む手を再び上下に動かし始めた。
腹の上の精液がとろり、と脇腹を伝って床の上に零れ落ちる。
「あっ、ばっ…やめ…」
「あなたのここはまだ吐き足りないって言ってますよ。それに、前ばかり可愛がっていたら、こっちが可哀想だ」
そう囁く直江のもう一方の手が高耶の股間深くへと伸びた。
指先でその入り口を撫でられただけで、高耶の全身はまるでなにかの術にでも囚われたように強張る。
「ここを犯されないと満足できない身体のくせに」
耳元で小さく詰りながら、指を高耶の中に侵入させてくる。
「ふ、うっ…」
「ここでしょう? あなたが一番感じるのは」
指の腹で前立腺を撫でられ、高耶はヒッと息を呑んだ。
「いいんですよ、素直に声出して」
言われなくても甘い声が漏れ出るのを我慢できそうになかった。
脚を大きく広げた格好で、高耶は悶え善がる。
「なお…え…」
「なんですか?」
「い、いれ、て…」
直江は高耶の上体を抱き起こすと、自分の腰の上に跨らせた。
「自分で挿れて?」
促され、高耶は屹立する直江に手を宛がいながら、ゆっくりとそこへ腰を下ろしていく。
「く…あっ、ああっ」
奥まで直江を咥え込んだ。
苦しそうに浅く息を繰り返す高耶の背中を、直江は優しく撫でる。
「大丈夫。繋がってる。私たちはずっと、繋がってますよ」
その言葉に思わずジンときて、高耶は半ば照れ隠しに直江の唇へ口づけた。
柔らかい唇も、熱い舌も、ぬめる唾液も、すべてかき混ぜてぐちゃぐちゃになってしまいそうなキスだった。
さっき吐き出した精液でべとべとになるのも構わず、身体を密着させる。
そうしているうちに、また身体が昂ぶってきた。
高耶は自分から腰を揺らし始めた。
「ああ、やっぱりあなたは淫乱な獣だ。危険な淫魔だ。あなたの虜になったが最後、男はみんな干からびるまで精気を吸い取られる」
「干からびれば、いい…お前はオレのものだ。オレの犬だ。そうだろ?」
腰を使いながら、潤む瞳で直江を見つめて言う。
「上等です。その通りですよ」
直江は不敵な光を目に宿し、高耶の腰をぐいっと両手で掴むと、下から思うさま腰を突き上げた。
高耶の嬌声が一段と高くなる。
「あなたのためなら、いくらでも干からびてみせますよ。あなただけの狂犬ですからね。でもあなたが干からびるまでは、私も干からびない。干からびるなら二人一緒です、そうでしょう?」
突き上げてくる腰のあまりの激しさに、まるで背骨まで串刺しにされているようだ。
細胞のひとつひとつから毛細血管の隅々まですべて、直江の凶暴な雄にかき回されている。
「愛しています、高耶さん…」
そんな声を聞いたような気がしたが、次の瞬間、張り詰めた糸がぷっつり切れたように意識が途切れた。
玄関のドアが開く音で、高耶は目を覚ました。
「直江?」
「気がつきましたか? 身体は大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だけど…」
「車に戻ってバスタオルを取ってきたんです。それに、ミネラルウォーターを買って来ました。喉が渇いたでしょう? この部屋はまだ何もないから」
体液でべとべとだった身体はいつの間にか拭われ、高耶の身体には脱いだシャツがかけられていた。
「シャワーを浴びたら、昼食を食べに外に出ましょう。少し歩いたところに、もんじゃで有名なところがあるんです」
「もんじゃって、あの小さいヘラで食うやつだよな? オレ食ったことないんだ」
「高耶さん、きっと好きだと思いますよ」
期待に胸を躍らせつつ、直江からタオルを受け取り、シャワールームへ入っていく。
シャワーを浴びながら、高耶はふと、待てよ…と思う。
バスタオルなど車に用意していたということは、この部屋でシャワーを浴びるつもりだったのか。
…ということは、初めからこの何もない部屋でやるつもりでいたわけだ。
用意周到な男め。
呆れるような感心するような、少しだけ嬉しいような妙な心持ちで、高耶は熱い湯を浴びた。