(四)再会?







「・・・お、お前・・・犬夜叉、か?」



目の前の“犬夜叉”は、人間の年齢で言うと4〜5歳といったところだろうか?銀の髪や金色の眼、それに緋鼠の衣などは、そこに居る幼子がまぎれもなく犬夜叉であることを物語っていた。が、それにしても・・・


か、可愛い。


木の影から覗かせて見上げている顔の割りに大きな瞳。小さく尖った鼻。ちょこんと申し訳程度についている桜色の唇。髪の毛はあの自分がよく知っている犬夜叉と同じように銀色だし、長さも腰くらいまでだけど、体が小さい分、髪が余計にふさふさとしているように見え、まるでお人形さんのようだ。そして、何よりも違っているのは声だろう。

馴染みの犬夜叉とは全然違う、か細い声。喋り方もたどたどしく、舌が良く回らないような感じで、ゆっくりと話す。まるでこの世の汚れや憎しみを知らないかのような・・・。



「お前、犬夜叉だよな?」


弥勒は腰を屈めて小さいその“犬夜叉”に視線を合わせて念を押す。しかしその犬夜叉は警戒したのか、ふいっと木の向こう側へ隠れてしまった。


「なあ、犬夜叉だろ?」


“可愛い”という驚嘆と感動が次第に収まってくると、弥勒は、なんで犬夜叉が小さくなってるんだ???という疑問にぶち当たった。だが・・・



「おじちゃん、だあれ?」


木の向こう側からそう訊ねられ、はっとする。そして、周りを見回した。・・・よくよく見ると、草木の位置や丈などが見慣れた景色とは些か違う。これはもしかして・・・



(犬夜叉が小さくなったのではなく、俺が過去に来てしまったのではないか?)



骨喰いの井戸で通じているかごめの国は、本当は「異国」ではなく、「同じ国」の「異なる時」だと聞いたことがある。だとしたら、自分も骨喰いの井戸を通じて過去―――犬夜叉の幼い頃―――に来てしまったのではないか?



「おじちゃん、だあれ?」

木の影から犬耳と目だけをそおっと覗かせて、小さな犬夜叉がもう一度問い掛けた。


「い、犬夜叉・・・・・か、可愛い・・・」


はっ!

いかんいかん。そうじゃないだろ俺。


「あ、あのですねー犬夜叉?おじちゃんって誰のこと言ってます?」


「・・・・・」犬夜叉は上目遣いで睨みながら短い人差し指を容赦無く弥勒へと突きつけた。



「あのねー、私は“おじちゃん”ではありません」


「じゃあ、だあれ?」


「誰って言われましても・・・」とその時、弥勒の頭に悪知恵が働く。

「私は弥勒様です。み・ろ・く・さ・ま」



「みろく、さま?」

幼い犬夜叉は鸚鵡返しに弥勒の言うことを真似る。いつもの口の悪い犬夜叉なら口が裂けても言わないようなことを言わせて、弥勒は内心ほくそえんだ。


しかし・・・それは甘かったようだ。



「おじちゃんって、あたまわるいのー?」


「は、はい?」


「ふつー、じぶんのこと“さま”って言わないもん」

小さいからと言って意外と侮れないようだ。


「あ、いや・・・それは、その・・・ほら、私は“みろくさま”という名前なのですよ?うんうんそうそう・・・そういうこと・・・」苦し紛れの言い訳をする弥勒に、犬夜叉は益々訝しげな視線を向けた。



仕方ない、先ずはこの犬夜叉を手なづけなくては。・・・そうだ、こういう時は・・・


「犬夜叉?お前、腹が減ってはいませんか?」


そう言うと弥勒は懐から笹の葉に包まれたおむすびを取り出した。さっき犬夜叉を呼びに行く前に、昼飯を準備していた楓の家でくすねてきたものだ。


犬夜叉は弥勒の手の中のにぎり飯を見て、ごくりと喉を鳴らせた。


「ほら、お食べなさい、犬夜叉」

弥勒は警戒されないよう、犬夜叉の背丈に合わせてしゃがみ込み、にっこり笑ってそのおむすびを前に差し出た。すると、犬夜叉はそれにつられるように木の影からそろりそろりと姿を現す。


初めて全身を現した犬夜叉は弥勒の腰ほどの背丈もなく、小さな素足を一歩一歩ゆっくり踏み出して弥勒へ近づいて来た。そうして、弥勒の顔とおむすびを見比べながら言う。


「たべて、いいの?」


「ええ、もちろん」


「ほんとに?」


「ええ、ほんとに」



人から優しくされることに慣れていないのか、幼い犬夜叉は執拗に念を入れた後、ようやく手を伸ばして弥勒の手からおむすびを受け取った。やや大きめのおむすびを、犬夜叉はその小さい両手で掴み、はぐはぐはぐともの凄い勢いで食べ始めた。


「そんなにお腹が空いていたのですか・・・」

犬夜叉はそんな弥勒の呟きに答える余裕もなく、一心不乱に弥勒の与えたおむすびを食べる。一通り食べてしまうと、今度は手についた米粒をぺろぺろと丁寧に舐めた。


「ふぁーごちそうさま」

こてんとお尻をついて草の上に座り込んだ犬夜叉は、もうすっかり弥勒に気を許したようだった。


「美味しかったですか?」

「うん、すごくうまかった・・・ん?・・・おじちゃんはたべないの?」

「さっきので全部ですよ」

「え?・・・おれ、ひとりでたべちゃった・・・ごめん」

「いいんですよ?どっちみちお前にあげようと思ってくすねてきたものですから」

「???」

言っていることが解からないという風に首を傾げる犬夜叉。その小さな口元に貼り付いている米粒に弥勒の妙に血走った目線が留まった。


「でも・・・お前がそんなに気にするというのなら・・・おじちゃんはお前の口元に付いているその米粒でも―――」

自ら“おじちゃん”などと称していることも気づかずに、弥勒はぽかんと不思議な顔をしている無垢な犬夜叉へと手を伸ばす・・・

「あ」

が、その手が米粒に届くか否かという時―――ふと弥勒の視線に気づいた犬夜叉がすっと手を上げて自分の口元に付いた米粒をさらうと、ぱくっと己の口の中に放り込んだ。


「あ、あぁ・・・」

カクンと項垂れるオヤジを、無垢な犬夜叉はさらりと流して質問する。


「ねえおじちゃん、井戸のなかでなにしてたの?」

「何してたって・・・好きで井戸の中に居たわけではありません。落ちたんですよ」


「ふーん」幼い犬夜叉は軽く相槌を打つと、全然興味がないとでも言うように弥勒に背を向けて足元に生えた草花をむしり始めた。


だが、弥勒も負けちゃいない。愛くるしい犬夜叉を目の前にしてすっかり忘れていたが、自分は足を怪我していたのだ。


弥勒は「うっ」と唸ると、少々辛そうな面持ちで側の大木に寄りかかるように腰を下ろした。さすがに、そっぽを向いていた犬夜叉もそれに気づいて振り向く。


「どうしたの?」

「いえ、落ちた時に足を捻ったんです。いやぁ困りましたねぇ・・・。これじゃあ歩けない。歩けないと帰れないし・・・」


弥勒がううむ・・・と唸っていると、犬夜叉はくるりと背を向けて前かがみになってしゃがみこんだ。

「な、何を?」

「乗っていーよ?」小さな体を屈ませたまま平然とそういう犬夜叉に弥勒は呆気に取られてぽかんと口を開ける。


「おじちゃん、おむすびくれたから、おれがおくってってあげる。おじちゃんのうちまで」

「あ、あのですねー犬夜叉;;」


「へーきだよ?おれ、つよいから」

弥勒はぽりぽりと頭を掻いた。

「いくらお前でも、大人の私が乗っかったら倒れてしまいますよ?」


(つうか、倒れるまでは良いにしても、犬夜叉の上に倒れこんで自制心失くしたらどうするんだっつうの・・・)


かごめや珊瑚が聞いたら「この変態法師!」とどやされそうだが、自分にとってはかなり切実な問題だ、と弥勒は思う。いくら犬夜叉と言えども、こんな子供相手に襲い掛かったら正真正銘の変態になってしまうではないか。


「それより犬夜叉、もっと良い方法があるんです」

「いいほうほう?」


「そうです。仏様の慈悲を乞うおまじないです」

「ほとけさまのじひ?」


「そうです。お前にそれをしてもらいたいのです。そうすれば私の怪我はたちどころに治るでしょう。・・・何、簡単なことです」



弥勒は至って真剣な表情で説明する。



「ただ、お前の唇を、この私の唇に、ちゅっと、くっつけてくれれば良いのです」

「・・・・・」


「そうそう、その前に呪文を唱えます。その呪文と言うのは・・・『ミロクサマドウカワタシノカラダヲアナタノイイヨウニジュウリンシテクダサイ』です」

「・・・・・」



案ずるまでもなく既に正真正銘の変態になりきっている弥勒だったが、悲しいことにそうと突っ込む人間もいないまま・・・純真無垢な幼い犬夜叉は今正に“じゅうりん”されようとしていた!?








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2003/01/27 up