(五)お父さんは心配です







「その呪文と言うのは・・・『ミロクサマドウカボクノカラダヲアナタノイイヨウニジュウリンシテクダサイ』です」



多少鼻息を荒げながら言う弥勒に、犬夜叉はあっけらかんとして聞く。


「どういういみ?」


「意味?・・・うーん特に意味はないんですよ。ほら、お坊さんって良く変な言葉を口にするでしょう?“ナムアミダブツ”とか。あれと似たようなもんです」

法師にあるまじき発言をする弥勒。どうやら何が何でも言わせてみたいらしい。


「でもー、おぼえらんないよ、そんなながいの」


「仕方ないですねー。効き目は半減してしまいますが、短くしてあげましょう。“ミロクサマボクヲジュウリンシテクダサイ”でどうです?」


「じゅうりん・・って、なに?」


「うーん、そうですね・・・説明すると結構複雑なんですが・・・簡単に言うと、極楽浄土へ往生することですな」

弥勒はにっこりと微笑んでみせるが、その笑みはまるで物売りに来た商人のようだ。


「???」



何やらよく解からないが、もっともらしい(?)ことを言う弥勒に、小さな犬夜叉は困った顔をして俯いた。うんこ座りで足元の草をぶちっぶちっとむしっている。


「ほんとに・・それで治るの?おじちゃんの足」


「ええ治りますよ、お前がそんな可愛いこと言ってくれるのなら意地でも治します」


「???」



何か矛盾しているような気がするけれどもよく解からない・・でも「意地でも治す」と言っているから良いのかな?・・幼い犬夜叉はそんなことを考えているのか、あどけない顔を小難しげに顰めている。そして・・・ぽつり、ぽつりと、弥勒のイカサマ呪文を復唱し始めた。


「えっとぉ・・・みろくさま・・どうか、ぼくを・・・じゅ、じゅ、じゅう・・・」


「“じゅうりん”です」弥勒がそっと耳打ちする。すると犬夜叉は一度でちゃんと言えなかったことを恥じてか、ぽっと顔を赤らめた。



「ぼ、ぼくを・・・じゅうりん、してくださ―――――わぁ!・・な、なんだよぅ!!」


小さな口が言い終えるのを待てずに、弥勒はもう堪え切れんとばかりにがばっと犬夜叉を懐の中へと掻き入れた。


犬夜叉は突然のことにびくっとして、短い腕を振り回してぽかぽかと弥勒を殴る。


「あ、悪い、悪かった、すみません、つい・・・」


ははは・・・と、弥勒は頭をさする。結構本気で殴ったらしい。さすが犬夜叉。小さくても犬夜叉。しかし弥勒も懲りない。さすがは弥勒・・と言うか、やっぱり弥勒。


「で?」と、弥勒は先を促した。


「ん?あ・・・」犬夜叉は思い出したように犬耳をぴくぴくっと動かした。



自分では気づいていないのだろうが、犬夜叉はことあるごとに耳を動かす。頭の中で何かを思っている時、感じている時、思い出した時・・・。成長した犬夜叉よりよっぽど頻繁に、器用に動かす。それだけ、この小さな犬夜叉はまだ無防備だということだろうか。


その証拠ででもあるかのように、まだ弥勒の腕の中に収まっている犬夜叉は、弥勒が言うところの「おまじない」を律儀にも遂行すべく、小さな唇を前に突き出して見せた。


「・・・・・」


どうやら、この犬夜叉は唇と唇を重ねることに、どんな意味があるのか判っていないらしい。


犬夜叉は法衣をぐいっと小さな手で握り締め、木に凭れて座り込んでいる弥勒の顔を下から見上げた。そうして、そのまま尖らせた唇を弥勒に向けてくる・・・


「;;;;;」


いざ、そんな無垢な姿勢で迫られると、如何な弥勒でもやはり多少は複雑な気持ちにもなるというものだ。確かに自分がそそのかしたには違いなかったが、こうも素直に「ちゅう」されるのかと思うと・・・。罪悪感、いやそれよりも、他の男(女?)にそそのかされても何の疑問もなくそういうコトをしてしまうのではないかという不安でいっぱいになる。


(今はこんなに小さいからまだいいけれども・・・これからどんどん色気が増していくだろうに・・・お父さんは心配だぞ?)


誰がお父さんだ。


(ん?待て。今はこんなに小さい、と言うことは・・・もしかしてもしかして・・・)



は、はじめての接吻ってことに、なるのか!?








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2003/02/01 up