(六)さんこんてっそー?







は、はじめての・・・接吻ってことに、なるのか!?


そう思い当たると、弥勒の心臓が急に高鳴り出した。


(犬夜叉・・すまない犬夜叉)


時を隔てた想い人に、弥勒は心の中でそっと謝る。


(俺はこんなに穢れていると言うのに・・・その俺が・・・お前の、お前のその、清らかな唇を、最初に奪うことになるなんて・・・)


そう思っている間にも、犬夜叉は淡い桜色の柔らかそうな唇をむにゅっと突き出して弥勒に迫ってくる。


「・・・・・;;」


(ああ、でもこれもきっと仏様の思し召し。犬夜叉、やっぱお前は俺のもんなんだ、ずっと前から、ずっと、ずっと。そう思って許してくれ・・・)


鼻から漏れる微かな息がかかるほど顔と顔が近づいて、あと少し、ほんの少しで唇と唇が触れるという時――――



ぴくぴくぴくぴくっ・・・と、犬耳が小刻みに震え、大きな瞳がぱちぱちぱちっと瞬きをしたかと思うと、犬夜叉はハッとしたように「あ!」と声を上げた。


「ん?どうしました???」


ぽかんと口を開けたままの犬夜叉に弥勒が聞く。


「わすれてた」


「忘れてた、って?何を?」


「ようかいが・・・くるの」


「は?」

嫌な予感が弥勒の胸にも伝わってくる。


「おれ、おわれてたの、ようかいに・・・」



やれやれ。

顔を上げると確かに、魑魅魍魎の気配がした。どんどん近づいて来る。

ミミズみたいな奴、トカゲの化物、バッタらしき怪物、その他何だか得体の知れぬ妖怪たち。あの奈落が時間稼ぎに遣して来るような雑魚ばかり。

ピシピシッ・・・と弥勒の額に青筋が走る。


「まったく無粋な輩ですねぇ。人のお楽しみを邪魔しておいて、ただで済むと思っているんでしょうかね?」


ぶつくさ呟きながら弥勒はじゃらり、と右手に巻かれた数珠を鳴らした。


「犬夜叉、ちょっと下がっていなさい」


小さな体を押し退けると、弥勒は大木を背に、負傷した片足を庇いながら片膝を地につけた。


「喰らえ、風穴ーー!!・・・って、え!?おいバカ!!!」


数珠を解こうとした瞬間、後ろへ追いやったはずの犬夜叉がちょこまかと前へ出て来て―――弥勒は慌てて数珠を戻す。

小さい体で弥勒の前に立ちはだかり、迫り来る妖怪と対峙する犬夜叉。


「バカ、早くどけっ!」


挫いた足のせいで咄嗟に犬夜叉を庇えない。なのに犬夜叉は悠長に短い腕を振り上げて叫ぶ。


「さんこんてっそー」


そのなよなよしい必殺技?を見た弥勒の背筋に、ヒヤッと冷たいものが流れた。が、やばい!と思って息を呑んだ瞬間、妖怪たちの方が一瞬怯んだ。

犬夜叉の小さくてもあまりに自信ありげな態度に少しだけ怖気づいたのだろう。だが、虚しくも散魂鉄爪?は空振り、妖怪たちはそれを見てひゃっひゃっひゃっと嫌らしい笑い声を立てた。



「バカッ!!!」


もう一度腕を振り上げようとしている犬夜叉に、弥勒が飛びつく。頭のすぐ上をひゅっと冷たい風が通り抜けた。


「バカ野郎!どいてろ!!」


すごい剣幕で怒鳴る弥勒に、小さな犬夜叉はびくっと首を竦めた。その隙に弥勒は再び大口を開けて襲い掛かってくる化物に向けて風穴を開く。


「うわっ」


ものすごい風が弥勒と犬夜叉の周りを取り巻いた。いつの間にか空を埋め尽くすほど集まって来ていた妖怪たちが、次々と弥勒の右手に吸い込まれていく。


「く・・・」


雑魚妖怪如きにどうということも無かったが、ただ、犬夜叉を庇うために、背凭れ代わりにするつもりだった大木から離れてしまったのが少々辛かった。傷む足で踏ん張るのはそろそろ限界だ。


「い、犬夜叉、離れてろ」


すっかり怯えて法衣に縋っている犬夜叉に、弥勒が突き放すように言う。


「う・・・」


しかし、小さな犬夜叉は心細そうにぎゅっと握り締める手に力を入れてきた。


「いいから、俺から離れろ!」


弥勒は苦しそうな表情で、纏わり付いてくる犬夜叉を無理やり引き剥がした。


「うあっ・・・」


犬夜叉が地面に突き飛ばされて小さく叫んだとほぼ同時に、弥勒の傷む足に限界がきて・・・吸い込む風の勢いで体がふわっと宙に浮いた。


「!!!」


自分の体がものすごい勢いで吹っ飛ばされるのがわかったが、それよりも何よりも妖怪たちを始末しなくてはこの小さく無防備な犬夜叉を守れない・・・弥勒は自分の体を庇うより、風穴を開き続けて残りの妖怪を吸い込んだ。

それはほんの一瞬の間だったのだろう。だけど、大量の妖怪を全部吸い込んで再びじゃらりと右手を封印した時、弥勒はほっとしたのか自然と体の力が抜け落ちて、後ろに控えていた木の幹に思い切り背中を打ちつけた。


「くっ・・・・・」


そうしてそのまま意識を失ったのだった。







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2003/02/03 up